2002年(平成14年)事例Ⅱ

B社は、1960年に資本金500万円、社員2名で輸入食品を扱う食品卸売業として創業した。当初は飲食店を主たる顧客として、扱っていた食材はごく一般的なものであった。東京オリンピックなど大きな国際的イベントがあるたびに、徐々に事業規模が拡大していった。

そのようなイベントごとに、従来日本では利用されることの少なかった輸入食材や新しい調理法がポピュラーとなっていった。本格的なフランス料理を提供するレストランもまだ少ないとはいえ、だんだんと増えつつあった。また、テレビの料理番組にフランス風料理が取り上げられ始めたり、家庭においても洋風料理が食卓にのぼるようになってきた。

上記のような状況に前後して、創業5年目には、従業員も5名に増え、B社はレストランに向けて高級輸入食材を卸す、専門的な業務用卸売業に転換しつつあった。その背景には、一般的な食材では価格競争になってしまい、成長がなかなか困難であるという状況があった。B社の創業者は学生時代にフランスに滞在した経験があり、語学に堪能であった。また、フランス語のかなりできる後輩を従業員として迎えることができ、二人でフランスからの高級食材の輸入ルート開拓を行うことができた。その結果、B社はフォアグラ、トリュフ、オマールなど、高級レストラン向けのフランス料理用輸入食材を主力商品に据えるようになった。

創業10年目のある日、日本のある有名ホテルにいたMシェフから、独立するとの知らせを受けた。Mシェフは、かつて、ホテルからの派遣でフランスにおいて修行していた。その当時、B社の創業者は、食材の調達ルート開拓でフランスのリヨンに行くことが多く、そこでMシェフに出会っていた。二人は、料理人と卸売業者と職は異なるが、いずれも食に関わっていて、日本に本物のフランス料理を根付かせたいという点で意気投合し、Mシェフが帰国してホテル勤務に戻ってからもしばしば情報を交換していた。

Mシェフは、独立開業する新しいレストランの食材調達の大部分をB社に任せてくれた。これを機会に、限られた高級食材だけから、各種肉類、調味料、生鮮野菜など取り扱い商品の幅が急速に拡大していった。その結果、レストランで必要なものは大方納入できるようになっていた。しかし、ワインだけは、当時の免許制度の壁に阻まれて取り扱うことはできなかった。

Mシェフの始めたレストランは、本物の味が好評で急速に評判を高めていった。それにともなって、輸入食材納入業者のB社の評価が上がり、特に宣伝したわけではないのに、納入希望レストランがどんどん増えていった。その結果、従業員も15名に増え、資本金も3倍に増資された。語学力のある従業員を各部門に配置することも可能になった。その後、東京の本社だけではなく、大阪に小さいながらも営業所を開設することができた。また、Mシェフの口添えでパリに情報収集などを行う人材を非常勤ではあるが、見つけることができた。B社はある程度の資本蓄積ができ、事業を拡大することを計画 した。

グルメブームというほどではないが、一般消費者にも本物の素材や珍しいものへの関心が高まってきた。そこで、B社は、高級レストランに卸しているフランス料理用の高級輸入食材そのものを小分けした商品を扱う専門小売店を、都心に1980年に開業した。開業にあたって、自社の従業員1名のほかに、かつて食品スーパーに勤め、小売についてよく知っている人材1名、さらにパート2名の陣容でその小売店をスタートさせることができた。この小売店では、レストランでしかお目にかかれなかった高級素材を、一般消費者も少量でも手に入れられるということで、マスコミにも取り上げられた。その甲斐もあってか、あまり広告はできなかったが、想定した以上に来店客があった。来店客は興味をもって、店員に調理法や調理器具などいろいろなことを質問してきたが、社長以外はなかなか的確に答えられなかった。その社長も調達ルート開拓と販路開拓で、ほとんど小売店頭には出られなかった。そんな状況で、実際に購入してくれた人は少なかった。一度購入していってくれた顧客も、なかなか二度は来店してくれなかった。東京近辺だけではなく、関東以外からも問い合わせの電話が入ることがあった。そのような人に販売することのできる商品の種類は、あまり多くはなかった。その結果、売上は伸びないままで、わずか2年で撤退を余儀なくされた。そこで、本業の高級食材の輸入卸売業に徹することにした。

ところで、B社の卸売事業でのコンピュータシステムをみてみると、従来、電話やファックスに頼っていた受注業務にコンピュータを活用することを思い立ち、一部の主力取引先との間でいろいろなシステムを運用していた。はじめは、カタログとプッシュホンを利用したものであった。確かに受注側は一度システムを構築すると、正確に受注できるが、発注側は、毎回同じコードなどを大量に打ち込むのはかなりの負担であった。そのためレストラン側に受け入れられなかった。パソコン通信を利用したシステムでは、コードを提示することができるようになって、発注側の負担はかなり軽減された。しかしながら、まだ、コンピュータや通信の能力が乏しく、別途カタログが必要であった。その後、インターネットが利用できるようになって、紙のカタログをWeb上にのせることが可能となった。

最近はテレビをつけると、百貨店地下の食品売り場の紹介や、グルメ番組が頻繁にみられるようになった。Mシェフも有名シェフの一人としてテレビに登場して、グルメ層にはよく知られた存在となっていった。Mシェフは有名になっても、B社を納入業者の中心に据えてくれていた。B社は現在では資本金7,000万円、従業員58名になり、年商60億円に達している。

高級レストラン市場は接待需要が旺盛なうちは、市場規模の拡大が続いたが、バブルの崩壊後、市場環境は厳しくなった。そこで、各レストランは個人客の開拓を行ったが、イタリアンを中心として多様なレストランが出店して、なかなか顧客を引き付けられなかった。高級レストラン市場への納入が頭打ち状態になった中、B社は新たな事業に進出することによって、業績 の維持・拡大を願っていた。

いろいろ検討した結果、一つの案は、レストラン事業に進出することである。もう一つの案は、高級食材の小売事業を行うことである。ただ、後者は前回失敗しているので、同じようなやり方では無理である。日常的なクッキングはなるべく簡便にしたいが、パーティーなどのために凝った料理を半ば趣味のようにクッキングをする消費者層が増えつつあった。B社は、そのような消費者を対象として、新しく小売業を行うことにし、前者のレストラン事業への進出は断念した。

●第1問 (配点10点)

B社が1980年に開業した小売店を2年間で撤退しなくてはならなかったのはどのような理由によるであろうか。あなたが最も重要と思う理由一つを50字以内で述べよ。

●第2問 (配点15点)

B社は今回の新規事業開発に際して、レストラン事業への進出も検討したが、それを断念することとなった。あなたが最も重要と思うその理由一つを80字以内で述べよ。

●第3問 (配点40点)

B社が新規に開業する小売店の基本戦略について、以下の設問に答えよ。

(設問1)
B社の新しい小売店がターゲッ トとする顧客層に適した品揃え戦略について100字以内で述べよ。

(設問2)
B社の新しい小売店がターゲットとする顧客層に向けて必要とされるサービスについて100字以内で述べよ。

(設問3)
有名になったMシェフをB社の有効な経営資源の一つと考えたときに、どのように活用することが可能であるかについて100字以内で述べよ。

●第4問 (配点35点)

B社が新規に開業する小売店のその他の重要な戦略について、以下の設問に答えよ。

(設問1)
B社の新しい小売店における顧客管理のために、日常業務のなかでどのような情報をどのように収集し、その情報を経営にどのように活かせばよいかについて100字以内で述べよ。

(設問2)
B社の新しい小売店がターゲットとする顧客層へのプロモーション戦略について100字以内で述べよ。

(設問3)
一般的な購買金額に応じたポイント制度では、規定のポイントに達すると、値引きやプレゼントなどの特典が提供される。B社の新しい小売店がターゲットとする顧客層に向けてポイント制度を採用する場合、どのようなプレゼント特典(ただし、物品のプレゼントは除く)が望ましいか。それぞれ15字以内で二つあげよ。

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