2004年(平成16年)事例Ⅰ

A社は、1930年代に、現社長の父が創業した印刷業者である。現在、資本金1,000万円、従業者数21名(パート社員を含む)で、売上高3.5億円、経常利益は3期連続でマイナスである。

現在、A社では、営業部門を、30年近くにわたって社長を補佐してきた副社長(役員)と50歳代後半の部長、30歳代2名、40歳代1名の営業職が担当している。また、生産部門である工場は、60歳代前半の工場長(役員)と50歳代後半の部長、30歳代中心の8名の正社員とパート社員2名が製版・製本・印刷などの業務を担当している。他方、総務・経理は、2000年に主要取引先の紹介で管理職として採用した50歳代後半の部長と20歳代の正社員1名、パート社員1名が業務に当たっている。全従業者の平均年齢は43歳である。

業績が比較的安定していたときには20%を下回っていた売上高人件費比率(売上高に対する全従業者の人件費の比率)も、売上高の大幅な減少とともに30%近くまで高騰した。現状の体制を維持していくためには、4.2億円の売上高が必要であると試算されている。

A社の歴史を振り返ると、戦後の混乱期を乗り越え、高度経済成長期の追い風の中で順調に業績を伸ばしてきた。しかし、1970年代前半の第一次オイルショック以降の経営環境の変化の中で、一般印刷だけでは成長を継続することが次第に難しくなりつつあることが予測された。折しも、急逝した父の後を受け継ぎ30歳代前半で社長に就任した現社長は、それまでの一般印刷から、当時としては先進的であったフォーム印刷(ビジネスフォーム印刷、帳票印刷、フォームタックラベル印刷)へと業容を刷新した。新型印刷機を導入してフォーム印刷へと衣替えすると同時に、組織体制の変革にも取り組み、現在では幹部社員となっている若手社員とともに新しい事業体制を作り上げた。

1970年代半ば以降、大企業を中心としたコンピュータの積極的導入によってフォーム印刷の需要が高まる中、A社は、多色刷印刷機(カラー印刷機)を導入し、保険会社(a社)、家電メーカー(b社)を主要顧客にフォーム印刷の専門業者として業績を伸張させた。とりわけ、保険会社とは、フォーム印刷と情報システムを連動させて保険契約者への郵便物配信の業務効率化などに協力したこともあって、保険会社の担当者と盤石な人間関係を築いた。

しかしながら、フォーム印刷参入後順風満帆に経営を続けてきたが、 情報通信技術の急速な進展と普及によって、A社の事業の先行きに翳りがみられるようになった。しかも、長期不況の下でコスト削減策を求める顧客圧力の中で、最新設備を導入した大手印刷業者が大量印刷体制を強化し、低価格化競争にも拍車がかかった。2000年以降は逆風が激しさを増し、かつて5億円を超えていた売上は瞬く間に減少した。2001年度決算では売上高が4億円を下回り、経常利益もマイナスに転じてしまった。

主要顧客別売上構成比をみると、1998年当時と比較して主要顧客との取引額が減少し、電機メーカー(c社)や中小宅配業者(d社)などの新規取引先だけでは、その不足分を補填できないばかりでなく、取引の継続にも不安が残っている。さらに、主要顧客であり、現在でも売上高の30%ほどを占めている保険会社が業界再編の中で大幅に体制を変更し、A社との今後の取引関係も不透明になりつつある。

長期景気低迷の下で、同業者が倒産や廃業を迫られる中にあって、社員の生活を案じるA社社長はいう。

「厳しい財務状況の中で、成長可能性が期待されているオンデマンド印刷事業に参入するにしても、まとまった金額の設備投資が必要である。また、技術革新のスピードが速い事業であり、短期間で設備投資を回収することにもあまり自信がない。」

廃業を最後の選択肢としながらも、A社社長は、再生の道を模索している。

●第1問(配点10点)

これまでのA社の事業の盛衰は、情報通信技術の進展と普及に大きな関わりがある。フォーム印刷参入以降のA社のフォーム印刷事業の業績と情報通信技術との関連について、100字以内で述べよ。

●第2問(配点15点)

図に示すように、A社は、多くの中小企業と同様に、売上の多くを一部の主要顧客に依存する傾向にある。こうした事業構造のデメリットを3点、それぞれ30字以内で述べよ。

●第3問(配点20点)

近年のA社の業績不振の要因として、第1問で検討されたような情報通信技術の進展という技術的要因、あるいは、第2問で検討されたような主要顧客依存の事業体制を指摘することができる。 これらの要因以外に、A社の業績不振を加速化していると思われるA社の組織的要因を、100字以内で具体的に述べよ。

●第4問(配点20点)

業績不振が続く中で、コストに占める人件費の割合が大きくなっている。A社社長に、高人件費体質の早急な解決策を相談された場合、中小企業診断士として、どのようなアドバイスをするか。100字以内で具体的に述べよ。

●第5問(配点35点)

業績不振を解消しA社の存続を確保するために、人件費を含めた大幅なコスト削減を進める一方で、A社社長は、同社の事業構造を変革することを決心した。中小企業診断士としてアドバイスを求められたとき、どのようなアドバイスをするか。以下の設問に答えよ。

(設問1)
既存のフォーム印刷事業を、どのように変革していくべきかについて、その理由や根拠を明らかにして、100字以内で述べよ。

(設問2)
A社が新規事業開拓を進めていく場合、どのような点に留意すべきかについて、100字以内で具体的に述べよ。

★ヒント

第1問

本問は、情報通信技術の進展およびその普及と事業のライフサイクルとの関係に関して、フォーム印刷参入以降のA社のフォーム印刷事業の業績推移を分析し、それらの関連性に対する理解を問うものである。

第2問

本問は、A社の業績不振の原因の一つが一部の主要顧客に依存していることを前提にして、A社のような特定顧客依存型事業が、どのような問題を生じさせているかについて、その理解を問うものである。

第3問

本問は、A社の業績不振を加速化している原因の一つが、A社の組織文化、組織風土、組織構造などの組織的要因にあることを前提に、企業の組織的要因が業績に対して、どういった影響を及ぼすかについて、その理解を問うものである。

第4問
本問では、業績不振が続く中で人件費の割合が大きくなっているA社が、短期的に人件 費削減を実施するための具体策を、A社の人事構成などを的確に把握・分析し、論述することが要求される。

第5問

(設問1)
本問は、A社の既存事業の成熟化・成長の限界の諸問題を、どのように解決していくかを問うものである。解答に当たっては、変革のための施策とその理由あるいは根拠について、整合的に論述することが求められる。

(設問2)
本問は、業績不振に陥っているA社が新規事業開拓を進めていく上で留意すべき点について問うものである。解答に当たっては、論理的に首尾一貫した具体的な論述を行うことが要求される。

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