- 2017/07/30
D社は、従業員171名、社歴40年の、大都市周辺の街でマンション・オフィスビル用の水道蛇口を製造販売してきた企業であるが、平成16年度は売上高約34億円、経常利益約2,600万円が見込まれている。オーナーである会長および社長が昔から業界団体で活躍し、業界内での知名度が高く信頼も厚い。主にゼネコンから受注し建設現場に納品しているが、一部取り付け工事も請け負っている。水道蛇口の種類は、従来型製品として黄銅などを鋳造、メッキするといった製造工程によって製造されるもの(以下、従来型製品という)と、新型製品として防錆にすぐれたステンレス製でデザインも重視し、温度自動調節などができるもの(以下、新型製品という)があり、新型製品では、高度化、高付加価値化、多様化が進みつつある。従来型製品に関しては納入先からの価格値下げ圧力が強い一方で、製品ラインナップではさらに多品種化することも求められている。また、最近は新築だけでなくリフォーム需要が伸びつつある。
現在の工場設備は今の製品構成のままであれば、当分の間は毎年5千万円の維持的な設備投資を行うことで製造を続けていくことが可能であると考えられる。しかし、将来的な製品ニーズへの対応を考えると、また、周辺が宅地化しているので遠からず排出物、騒音等の環境問題への対応が必要となることから、次のような、現所在地から約100km離れた場所への工場移転およびこれに伴う新設備の導入計画案も検討しているところである。
① 新工場については新たに土地を取得し工場を建設する(土地代1億5千万円、工場建設代4億円)。
② 新工場では現在の製品種類には対応しつつ新型製品の展開を図るべく、従来型製品と新型製品の両方を製造するための設備を用意する(従来型製品用設備代3億円、新型製品用設備代2億円)。
③ 本社・販売部門は取引先との関係で現在の場所に残すので、工場は除却するが土地の売却は考えていない(現工場除却代5千万円)。
④ 現在の本社・販売部門および工場の情報システムは構内LAN(バス型)で結ばれているが、工場の移転にともなって、そのシステムを変更しなければならないものの、その計画は未定である(投資金額も未定)。
ところが、この投資案に基づいて、新工場設備の償却終了を予定している5年後の予想決算書を作成したところ、現段階の案では、5年後には現在の当期利益よりも減少してしまうという予想結果となり、財務的な問題点を踏まえてこの計画を再検討しなければならないと考えている。
そうした折、ある大手蛇口メーカーX社からD社を15億円で買収したいとの提案があった。従業員の雇用を含め、現在の事業をそのまま継続し、オーナーである会長および社長のみが交代するという申し出であるので、自分たちとしては、「このまま
事業を続けるよりも、いっそのこと売却してしまおうか。」との気持ちも若干芽生えている。そこで、この買収提示額が果たして妥当な金額であるかを検討したいと考えている。
一方、リフォーム需要の増加傾向を踏まえて、製品供給とともに取り付け工事一式を本格的に請け負う事業に乗り出さないかとの提案を大手ゼネコンY社から持ちかけられており、D社では、この新規事業への進出の可能性も検討している。この新規事業では大規模な設備投資は必要ないものの、人的投資を中心とする新たな投資が必要となるので、今後の需要増加の可能性を確率的にもよく吟味して取り組まなければならないと考えている。そこで、この新規事業から発生する将来キャッシュフローの見込みについて、需要状況のケースを複数想定して検討する準備を進めている。
D社は、直面しているこうした様々な経営戦略案について、特に財務的な観点から中小企業診断士に診断・助言を依頼してきた。
第1問(配点40点)
(設問1)
D社が検討している工場移転計画案の財務上の問題点を把握して、これの改善を図りたい。資料にある平成16年度見込みおよび5年後である平成21年度予想決算書等を用いて経営分析を行い、特に重要と思われる問題点を3つ取り上げ、問題点1、2、3ごとに、それぞれ問題点の根拠を最も的確に示す経営指標を一つだけ挙げて、(a)欄にその名称を示し、(b)欄に平成21年度予想に関する経営指標値を計算(端数が出た場合には、小数点第3位を四捨五入すること)した上で、(C)欄に問題点の内容を60字以内で述べよ。
(設問2)
設問1で指摘された3つの問題点は相互に関連性があると考えられる。これらを総合的に解決するためには、計画をどのように見直すことが必要か。総合的な改善案を2つそれぞれ60字以内で述べよ。
第2問(配点15点)
D社が工場移転計画を進める場合には、これまでの情報ネットワークシステムである構内LANを変更しなければならない。そこで以下の設問に答えよ。
(設問1)
どのような情報ネットワークシステムを用いることがD社にとって費用負担面で適切であると考えられるか、60字以内で述べよ。
(設問2)
設問1で解答した情報ネットワークシステムではセキュリティについてどういう方策をとることが必要か、60字以内で述べよ。
第3問(配点30点)
X社がD社に買収金額として提示した15億円が妥当であるかを検討したい。現段 階での工場移転計画案は現状よりも採算性が低いので、今後工場を移転せずに平成16年度の経営状態が続くと仮定して、フリーキャッシュフロー(FCF) を用いた方法 によってD社の企業価値の金額を計算することにした。なお、資本コストは4%として検討する。
(設問1)
資料の決算書等を用いて、平成16年度見込みの営業キャッシュフローをa欄に、平成16年度見込みのフリーキャッシュフローを(b)欄に算出せよ (単位:百万円)。
(設問2)
設問1で算出された平成16年度見込みのフリーキャッシュフローからD社の企業価値の金額を求め、提示された買収金額が妥当であるかについて50字以内で述べよ。ただし、このフリーキャッシュフロー額が今後も永続的に発生すると仮定して検討せよ。
(設問3)
買収時の企業価値の計算に利用される方法として、フリーキャッシュフローを用いる方法以外の代表的なものを2つ(a)欄に名称を挙げ、(b)欄に概要を40字以内で述べよ。
第4問(配点15点)
D社の新規事業(リフォーム工事事業) 展開の検討については、まず今後2カ年について検討しているが、 今後のリフォーム需要が順調に伸びていくかどうかを勘案し、第1年度に全額投資をする方法と、第1年度には一部を投資して、第2年度にその時の状況を踏まえて残りの投資を行うかどうかを決定するという段階的な意思決定を行う方法を考えている。そこで以下のような将来キャッシュフローの予測データを収集した。 以下の設問に答えよ。
(データ)
① 第1年度、第2年度ともに各年度の需要が順調に伸びる確率は60%、伸びない確率が40%と予測される。
② 第1年度だけで全額投資する場合、投資額は7千万円であるが、第1年度と第2年度に分割投資すると各年度の投資額は4千万円となる。
③ 投資全体を完了すれば投資額を除く毎年度のネットキャッシュフローは、投資した年度を含め、需要が順調に伸びる年度には6千万円、伸びない年度には2千万円が得られる。
④ 第1年度の分割投資によって生じる、投資額を除く毎年度のネットキャッシュフローは、投資した年度を含め、需要が順調に伸びる年度には4千万円、伸びない年度には2千万円が得られる。
(設問1)
第1年度に全額投資を完了する場合の、投資額を含めた2年間に生ずるネットキャッシュフローの期待値はいくらになるか算出せよ(単位:百万円)。なお、計算を簡便化するために、ネットキャッシュフローを現在価値に割り引くことはしないものとする。また、端数が出た場合には、小数点第3位を四捨五入すること。
(設問2)
考えられる投資方法のうち、どの方法が採算的に最も望ましいかを2年間のネットキャッシュフローの期待値を計算した上で判定し、その結果を60字以内で述べよ。なお、計算を簡便化するために、ネットキャッシュフローを現在価値に割り引くことはしないものとする。また、端数が出た場合には、小数点第3位を四捨五入すること。
★ヒント
第1問
(設問1)
本問は、D社の経営計画が抱えている問題点を的確に指摘できる能力を確認するために、自ら適切な経営指標を選択し、その名称および算出方法が正しく理解されているか、さらに問題点を論理的に表現できるかを問うものである。
(設問2)
本問は、(設問1)で抽出された3つの問題点の背後には共通の原因があることを発見して、これを解決するための改善案を創出する能力を問うものである。
第2問
(設問1)
情報ネットワークシステムについて、中小企業にとってはよりコストパフォーマンスのよいシステムが望まれるところであるが、本問は、D社の情報ネットワーク環境を理解したうえで、費用面で適切な方式を選択できるかどうかの能力を問うものである。
(設問2)
本問は、(設問1)で解答した情報ネットワークシステムに対応したセキュリティシステムを整理して提案できる能力を問うものである。
第3問
(設問 1)
本問は、企業価値算出の準備段階としての営業キャッシュフローおよびフリーキャッシュフローの計算知識能力を問うものである。
(設問2)
本問は、フリーキャッシュフローを用いた企業価値算出の方法を十分理解しているか について問うものである。
(設問3)
本問は、フリーキャッシュフロー以外に買収時に用いられる企業価値の算出方法を問うことにより、この分野に関する知識の幅広さを問うものである。
第4問
(設問1)
本問は、ある一つの事業展開のシナリオにおけるネットキャッシュフローの期待値を算出する能力を問うことにより、この不確実性下の意思決定の検討における基礎知識を問うものである。
(設問2)
本問は、意思決定時の柔軟性を検討するために、D社における状況として考えられるすべてのシナリオのネットキャッシュフローの期待値を検討して、最適な意思決定を導き出す能力を問うものである。