- 2002/10/01
A社は、資本金1,000万円、売上高約3億円、社員14名(アルバイトを含む)のIT関連のベンチャー企業である。2000年以降急速に普及した携帯電話を利用したWebサービスのコンテンツ開発とそのサービス提供で、設立当初、月額100万円にも満たなかった売上高は、月額3,000万円を超えるまでに成長した。多くのIT関連ベンチャー企業がそうであるように、A社の社長も従業員も、20歳代の若者である。
A社設立の契機は、趣味ではじめたパソコンのブログラム製作である。当初、趣味で作ったパソコンゲームのプログラムを無料で配信していたが、営業担当者の日々の営業活動を効率化させる「営業担当者支援システムとの開発を知人に依頼されたことが、趣味からビジネスヘの転機となった。当時まだ一般的でなかった、携帯電話を活用した営業担当者支援システムの開発は人づてに伝わり、知人の紹介などで中小企業のオフィスのIT化支援のプログラム開発の依頼が増えていった。そこで、当時、まだ大学生であったA社社長は、2002年夏、アルバイト先で知り合った友人2名とともに、資本金300万円で有限会社を設立、狭いながらもオフィスを借り、学生と社長という二足のわらじを履くことになった。
その後、プログラム開発だけでなく、ホームページ作成やサーバーヘのサイトアップなどに業容を拡大、パソコン・ブーム、インターネット・ブームを追い風にして、会社設立後1年足らずで、1カ月の売上高は300万円を超えるようになった。フリーターをしていた友人2名を正規社員として採用した後、求人広告でアルバイト1名も採用した。もっとも、当時の顧客の多くは、以前アルバイトで勤めていた飲食店や、知人・友人の紹介などによるもので、限られた人間関係をベースにした下請けビジネスであった。
しかし、大学卒業と時を同じくして、A社は、さらなる事業拡大へと踏み出す。Webサービスのコンテンツ開発とサービスの提供である。パソコンを使ったインターネットの利用から、携帯電話を使ったサイトヘのアクセスに若者市場がシフトしようしていた矢先であり、他社がまだ手がけていなかった若い女性をターゲットにした飲食店関連のサービス紹介、求人情報を提供する掲示板を立ち上げた。A社のサイトには、予想を超えるサイト視聴者が集まった。視聴者同士の情報交換が活発になると同時に、A社の提供する情報(占い、ゲーム、通販、懸賞アンケートなど)も好評を博し、リピート・ユーザーの数5,000人を超えるまでになった。それに伴って、当初数えるほどしかなかったサイトヘのバナー広告掲載企業の数も急速に増加し、その数は100社を超えるに至った。その結果、設立後わずか2年で、A社は、月額3,000万円を超える売上をあげるまでに成長したのである。現在の売上構成は、創業当時から行ってきたプログラム開発とホームページ作成などがおよそ40%、バナー広告料がおよそ60%を占めている。同年、会社組織も資本金300万円の有限会社から、資本金1,000万円の株式会社に改組した。
しかし、リピート・ユーザーが5,000人を超えるまでになったとはいえ、彼らを継続的な利用者としてつなぎ留めておくためには、常に目新しいコンテンツとサービスを提供することが求められる。メーカーが収益をあげるために多額の設備投資を行い大量生産体制を構築し、規模の経済を実現することが重要であるように、Webビジネスでは、既存サイトのコンテンツのメンテナンスが企業の命脈である。日々のサイトのメンテナンスをこなす人材を確保するために、Webビジネス開始以来、毎月のように求人雑誌に募集広告を掲載し、半年間で8名の社員を新たに採用した。その中には、事務作業を担当するアルバイトと、高いデザイン能力をもった女性社員も含まれている。
こうして短期間で急速な成長を遂げ、株式会社に改組したとはいえ、経営管理体制や人事制度は、ほぼ皆無で手つかずという状況であった。プログラム開発とサーバー管理を担当するシステム・グループ、ホームページの作成とサイトのデザインを担当するデザイン・グループ、日常的な経理業務と書類作成などを担当する総務グループという分業体制になってはいるものの、明確な組織図があるわけではなかった。また、賃金体系も不明確で3名の役員が相談して、売上に応じて月々の賃金を決定するというきわめて場当たり的なものであった。就業規則や退職金規程、社会保険や年金も、まったく整備されていない状態で、年間3億円以上の売上をあげている企業としては、あまりにもお組末な状況であった。
そうした管理体制が整備されない状況に対する不満が、声なき声としてA社社長の耳にも徐々に聞こえるようになってきた。新規ビジネスを立ち上げ、3億円以上を売り上げる仕組みを作り上げてきたとはいえ、企業経験のない若い社長にとって、経営者として直面する初めての悩みである。早速、税務業務を頼んでいる税理士と、知り合いの中小企業診断士に相談し、それまでなかった就業規則を作成するとともに、社会保険制度と中小企業退職金共済制度への加入を果たした。また、暖味になっていた役割分担や責任体制を明示するために、3つの機能グループのリーダーを明確に決め、管理体制の強化を図った。さらに、成り行き管理を脱却し、能力と成果に応じた賃金体系を確立するための人事制度設計にも取り組み始めた。
●第1問 (配点10点)
A社のように、インターネットや携帯電話を活用したWebビジネスは、これまで製造業が展開してきたビジネスモデルとは、少なからず違いがある。経済効果からみて、その違いを100字以内で述べよ。
●第2問 (配点15点)
携帯電話を活用したWebビジネスの急拡大という追い風は、A社の事業を急速に成長させた第一の要因である。それ以外に、A社の強みとして、どういった要因を考えることができるか。その要因について、100字以内で述べよ。
●第3問 (配点30点)
社員の声なき声を反映し、3億円を超える売上高に見合った企業を作り上げたいというA社社長の考えから、A社は、様々な管理施策を取り入れた。しかし、それ以降、社員の意識は変化し、反対にモラールが低下しているように思われた。
(設問1)
そうした社員の意識変化が生じる可能性について、その理由を100字以内で述ベよ。
(設間2)
設問1のような事態を回避するためには、どういった点に留意すべきか、100字以内で述べよ。
●第4問 (配点15点)
設立間もない規模の小さなベンチャー企業に評価制度を新たに導入する場合、いくつかの障害が考えられる。 A社社長は、個人の成果に連動した賃金制度を模索しているが、いまだ、その導入を逡巡している。その理由を、事例から類推して100字以内で述べよ。
●第5問 (配点30点)
市場環境変化の追い風に乗って、創業期を順調に成長してきたA社が、今後継続的に事業を拡大していくためには、経営管理制度の導入や事業拡大策をとることが求められる。
(設問1)
ベンチャー企業の経営者として、次なる成長を実現していく上で、経営管理制度の導入に当たって、どういった点に留意すべきか。留意すべき点を100字以内で述べよ。
(設問2)
Webビジネスを継続的に展開していく上で留意すべき制約条件には、どういったことが考えられるか。制約条件として考えられる事項を3点、それぞれ30字以内で述べよ。
★ヒント
第1問
本問は、インターネットや携帯電話の普及に伴って急速に進化するネットワーク社会の中で成長するWebビジネスと、従来型の製造業が展開してきたビジネスモデルの違いに関して、基本的知識の理解を問う問題である。
第2問
本問は、Webビジネスを展開し短期間で急速に成長を遂げてきたA社の成長の要因に関して、一般環境の変化を除外して考察したとき、保有する経営資源の視点から、どういった強みを持っていたかについての理解を問う問題である。
第3問
(設問1)
本問は、若年の従業員によって構成される知的資源依存型企業であるA社が、その規模の成長に対応して管理施策を導入することによって生じる可能性のある社員の意識の変化についての理解を問う問題である。
(設問2)
本問は、知的資源依存型企業であるA社の成長に不可欠な創造性や従業員のモラールを損なうことなく、個々人の持てる能力を発揮することのできる状況を維持すると同時に、企業としての組織力を発揮するための統制を行う施策を問う問題である。
第4問
本問は、人間関係をベースにして設立されたベンチャー企業であるA社が、その成長に伴って必要となる管理制度を導入する際に生じる可能性のある諸問題に関して、成果主義賃金制度の導入を事例に取り上げて、その理解を問う問題である。
第5問
(設問1)
本問は、ベンチャー企業であるA社が、その成長ステージに応じて経営管理制度を導入していく上で、どういった点に留意し、どういった具体的施策を講じていくべきかについて、その理解を問う問題である。
(設問2)
本問は、A社が展開するWebビジネスを継続的に展開していく上で、直面する可能性のある社内外の制約条件について、認識することができるかどうかを問う問題である。