2005年(平成17年) 事例Ⅱ

B社は現在、本店の他に支店を2店舗持つ美容院である。現在の経営者の夫人Mさんが、美容師にあこがれて美容師免許を取得し、数年間美容院に勤務した。その後独立し、現在本店のある場所で美容院を創業してから30年がたった。

B社の立地は、もともとJRの駅からは徒歩国内の距離にあった。近隣には古くからの居住者が多く、人口の変化もなく、限定された市場の中での競争であった。地域にいかにして溶け込むかを考え、誠心誠意、「任せきって安心できる、リラックスして過ごせる親切なお店」を目指した。その後、夫も経営に参加し法人に改組した。従業員を雇うようになり、Mさんは現場と従業員の指導にあたり、B社のマネジメントは夫が引き受けるようになった。

開業から15年後、JRと連絡する地下鉄が開通することになり、JRの駅と連絡する駅を合わせて3駅が徒歩圏内になるなど交通の便も良くなり、近隣に新しい居住者も増えた。通勤・通学のために店舗の前を通って駅に行く人の数も増え、B社は順調に売り上げを伸ばしていった。人口の増加とともに美容院も増え、特に低価格店が近憐駅周辺に開業するようになった。経営環境の変化に伴い、B社は多店舗展開を始めた。支店を地下鉄の駅前に展開し、それぞれに1店舗ずつ2店舗持つようになった。

現在の従業員数は15名で、その内訳は美容師が10名、美容師の国家試験合格を目指して勤務している者が5名である。年齢層は、10歳代が3名、20歳代が8名、30歳代が4名である。ちなみに経営者夫婦は50歳代である。また、従業員の採用については、美容学校や美容組合に働きかけ、地元出身者を積極的に採用している。

3階建ての店舗兼自宅ビルの1階に本店の店舗と2階に事務所があるが、特徴的なのは、その店舗の隣に地元の人々との交流を目的とした、掲示板を備えたサロンがあることである。B社は、わずかな参加費に材料費を加えた程度の費用で、生け花教室から社交ダンスまで、各分野の講師を招き、少人数のカルチャー教室を運営している。B社のこのような経営は、次第に地域住民の支持を得るようになり、Mさんの「自分を育ててくれた地域に対しての感謝の心」が顧客に浸透し、客と技術者という関係よりも、友達、親・兄弟(姉妹)・娘というように、揺るざない信頼関係で結ばれるようになった。B社は顧客が真に安心して任せられる技術、ひとときの息抜きの中にファッションの夢に浸れる憩いの場、そして誠心誠意顧客の立場に立った、信頼に裏打ちされた人間関係を築いてきた。

さらにサロンを通じて、地域のコミュニケーションのネットワークの一部を形成するようになった。掲示板は顧客同士の情報交換ツールとして機能し、備え付けの「一ロカードと呼ぶ小紙片に、伝言と連絡先を記入して貼り付けるようになっている。

B社の昨年度の売り上げは一億円弱である。この中には、ヘアケア、スキンケア商品を中心に物販が約8%占めている。

本店は、あくまでもサービスの質を高めた憩いの場の提供である。顧存にゆったりとした雰囲気を味わってもらいたいため、基本的に完全予約待ちであり、順番待ちの顧客とサービスを受けている顧客との間の気まずい関係を排除している。しかし、緊急を要する顧客やカルチャー教室の時間の都合による事情等については、臨機応変に対応している。また、着付けのサービスはもとより、最近はネイルアート技術を若手従業員に習得させ、ネイルのサービス提供も始めている。今後はエステの導入も視野に入れ、幅広い顧客層からの支持を広げようとしている。

これに対して支店は、本質的サービスを基本とし、付随的サービスを軽減している。基本的に手洗いシャンプーは省略し、効率化のためにオートシャンプー(自動洗髪機)を導入している。もっともオートシャンプーの導入は、美容師の職業病である腰痛や手荒れの解消にもつながり、美容組合あっせんのオートシャンプーは手洗いにも対応しているため、本店でも1台導入している。従業員も若手スタッフを配置し、スタッフの服装も各自の趣味とセンスに任せている。店舗の内装や設備、顧客との会話などにおいてもカジュアルな雰囲気を醸成している。また、支店は予約制は取らず、待ち時間が長くても顧客は減る気配がない。これも本店の技術と信頼の影響ではないだろうか。

プロモーション活動については、基本的に本店と支店共通に行っている。会計時に顧客に配布する手作りの会報「時わすれ」は、夫と若手従業員の企画による手作りのものであり、カルチャー教室の案内、流行のヘアスタイル、ファッションからグルメ情報までが満載である。それ以外はロコミとチラシのポスティングが主であるが、ポスティングは支店対象のものである。新規顧客対象というよりは既存顧客との関係を大切にし、会報を通じてイベントやコンテストを案内し、参加を呼びかけている。また、顧客管理をコンピュータ化し、顧客一人ひとりのカルテを作成して、最終来店日から一定期日経過後に、「そろそろ髪がまとまりにくくなってきませんか?」などという文面でDMの発送を行っている。また、物販にも力をいれ、ヘアケア、スキンケア商品の紹介もしている。

B社は、従業員の技術と接客の質の安定と向上のために、美容組合主催の講習会には積極的に従業員を参加させている。もちろん、参加させる順番には偏りがないようにしている。また、本店、支店の報酬格差はなく、経営者夫婦は店長会議において、各店長から現場の意見を吸い上げ、十分時間をかけて報酬を決定している。さらに各店舗で、店長が店舗全体の目標、従業員が職誌についての期間目標を定め、達成度に応じたインセンティブを与えることも積極的に行っている。また、各店舗に意見箱を置き、経営者夫婦に直接仕事上の悩みや相談を持ちかけられるようなシステムを作っている。もちろん電子メールによる従業員との対話も積極的に心がけている。

Mさんが美容院を開業してから30年が経過したが、最近、地域の人口の伸びも止まってきている。B社は地域に根を下ろし、地域密着で経営してきたが、安定と変化の中で経営者夫婦は悩み始めていた。

ある日、長期入院中のお客さんが美容サービスを受けるため、わざわざ外泊の許可を取ってきた。このとき以来、Mさんは出張美容サービスヘの思いを強く抱くようになった。出張美容には美容師法の規制や保健所等との関係もあるが、Mさんは、移動美容車を使い、保健所から美容室としての許可を受けて営業する方法を選び、現在、バスを改造した移動美容車購入を真剣に検討している。

●第1問 (配点30点)

B社は地域の人口動態の変化とともに新しい戦略を展開してきている(あるいは展開しようとしている)が、それはどのような戦略なのか。それらを三段階に分けて(a)欄に具体的に示し、また、それぞれの戦略の意義を60字以内で(b)欄に述べよ。

●第2問 (配点20点)

B社の本店と支店では美容院として業態が異なっている。この異なる2つの業態を首尾よく展開し、相乗効果を発揮させるためにはどのようにしていくべきか、100字以内で具体的に述べよ。

●第3問 (配点10点)

B社は顧客との関係性の強化を目指して、顧客生涯価値(Customer lifetime value)を高めるための方策を採用している。美容院として顧客との関係性を強化するために採用した方策について3つ挙げ、それぞれ20字以内で述べよ。

●第4間 (配点20点)

美容サービスの経営で顧客満足を実現するためには、特に従業員満足が必要と考えられている(インターナル・マーケティング:Internal marketingによる考え方)。それはなぜか。100字以内で説明せよ。

●第5間 (配点20点)

B社にとって、インターネットを活用し、顧客との関係を強化するための有効な方策はどのようなものか。具体的に2つ挙げ、それぞれ60字以内で述べよ。

★ヒント★

第1問
本問は、問題文の情報から、B社が立地する地域の人口動態の変化に応じて、B社の経営者が展開してきた戦略、あるいはこれから展開しようとしている戦略の種類を三段階に分けて明示し、またそれぞれの意義について分析するものである。

第2問
本問は、B社が業態の異なる本店と支店を首尾よく展開していく上で、本店と支店の相乗効果をよりよく発揮させていくために、問題文の情報から的確な手法を考え出す分析能力と問題解決能力を問うものである。

第3問
本問は、B社が美容院として、顧客との関係性をより一層深めようとして採用してきた、顧客生涯価値(Customer lifetime value)を高めるための様々な方策を、問題文の情報から読み取り、分析するものである。

第4問
本問は、美容サービスの経営で顧客満足を実現するためには、インターナル・マーケティングでは特に従業員満足が必要と考えられていることに対して、顧客満足が従業員満足となぜ結びつくのか、的確な指摘ができるかということを問うものである。

第5問
本問は、B社の経営者が自社の経営にインターネットを活用した場合、特に顧客との関係性強化のためには、どのような有効な方策が具体的に考えられるのか、分析能力と創造力を問う問題
である。

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