- 2016/07/30
A社は、首都圏、名古屋、大阪で店舗展開しているインポート・ブランドのアクセサリー販売業者である。現在展開している15店舗のうち1店舗は、東京都心のファッション情報の中心地ともいえる地区の直営路面店であり、それ以外の14店舗は、立地条件に恵まれた有名百貨店や大手ショッピングセンター内のインストアショップである。
資本金は2,000万円、2006年の売上高は約6億円、営業利益は約1,600万円である。従業員は66名であり、その内訳は、正社員15名、契約社員47名、アルバイト4名である。正社員のうち、2名は男性管理職で、それぞれ営業管理・総務業務と、商品企画・輸入業務を担当している。2つの部門には、正社員2名ずつが配置され、アルバイト2名ずつが業務補助者として配置されている。それ以外の従業員は、基本的に店舗で販売活動に従事している女性販売員であり、平均年齢は28.8歳で、ジュエリー業界やアクセサリー業界での販売員としての経験年数の平均はおよそ7年、社歴の平均は4年程度である。女性の正社員の多くは専門学校あるいは短大、4年制大学出身者である。彼女達は、契約社員に比べて学歴は高いが、年齢は相対的に低く、業界での経験年数も少ない。各店舗の店長は、正社員、契約社員に関係なく任命している。
A社が取り扱っているアクセサリーは、日本国内市場に関して独占販売契約を結んでいる2名の外国人デザイナーがデザインしたもので、A社はそれらを輸入し、Xブランド、Yブランドとして販売している。商品の仕入価格は、販売価格のおよそ40%を目標としている。2名のデザイナーのアクセサリーは、海外有名百貨店でも取り扱われており、デザイナーの知名度やブランドの認知度は日本市場よりも海外市場での方が高い。世界市場で売られている定番品以外の、シーズンごとに展開される商品の企画・デザインに関する打ち合わせは、基本的に創業者でオーナーの社長が担当している。
A社を創業する以前、社長は有名アパレルメーカーに勤務しており、バブル経済最中の1990年に退職して、インポート・ブランドの女性用服飾、ジュエリーやアクセサリー、雑貨品などを扱うセレクトショップを開業した。その後、インストアショップでの展開によって数店舗を開店するまでに事業を拡大した。1997年、取扱商品の中でも人気のあったXブランドだけを扱うジュエリー、アクセサリーの専門店に業態を変更した。その3年後にはYブランドの輸入販売も手がけるようになり、主要都市でインストアショップを次々に開店した。
現在、平均単価10万円を超える高級アクセサリーであるXブランドだけを取り扱う店舗は5店舗、平均単価3万円程度で若者をターゲットとしたYブランドだけを取り扱う店舗は6店舗、Xブランド、Yブランドの両ブランドを取り扱っている店舗は、直営路面店を加えて4店舗である。各店舗の従業員は、インストアショップで2~3名、直営路面店で6名である。従業員の年齢、勤務経験は、Xブランドのみを取り扱っている店舗の従業員の平均年齢、業界経験年数でともに高く、Yブランドのみを扱っている店舗の従業員は平均年齢、業界経験年数ともに低い。
A社が事業展開しているジュエリー、アクセサリーを含めた宝飾品市場の近年の市場動向をみると、2000年を前後して縮小傾向にあったが、2004年を境にして好転しつつある。1990年代初頭のバブル経済崩壊直前の市場規模にまで復活するような好業績を期待することはできないものの、わずかながら拡大傾向にある。近年の日本経済の景気回復の追い風の中で、今後、業界全体の業績も改善していくことが期待されている。とりわけ、インポート・ブランドの市場拡大は顕著であり、その傾向がA社の業績改善にも好影響を及ぼしていると考えられる。
もっとも、A社が取り扱っている2つのブランドの国内での知名度は、有名インポート・ブランドのように高くなく、限定的な市場で知られているニッチ・ブランドである。その点でいうと、今後、A社がいかに2つのブランドの認知度を高めていくか、すなわち、いかにブランド力を高めていくことができるかが大きな経営課題である。とはいえ、企業規模の点からみても、ブランド認知度の向上と確立のため多額の販売促進費用を継続的に負担していくことは現実的ではないのも事実である。
こうした事業環境の下で、A社の業績の回復をさらに促進していくための施策を模索する中で、社長は2名の管理者と相談をして、従業員の意識や満足度の調査を実施することにした。その結果、従業員の多くがA社に対して相対的に高い満足度を示していることが判明した。全般的にみると、従業員は、「A社のブランド・イメージ が高級」であり、「販売価格や品質に関しても適正である」と考えていた。また、給与や賞与などの労働条件、人事異動や昇進昇格などの制度に関する満足度も相対的に高く、社内の人間関係や職場の雰囲気に関しても自由闊達であるなど比較的良好であるとの回答が多く、全体的に従業員満足度には大きな問題がないと判断された。
しかし、さらに分析を進めると、いくつかの問題点が抽出された。ブランド別(Xブランド:Yブランド:両ブランド)、チャネル別(インストアショップ:直営店)に 分類して分析すると、それぞれの間に統計的に有意な差を示す項目が存在していることが分かった。
ブランド別分析では、Xブランドのみを取り扱う店舗に勤務する従業員の労働条件に対する満足度が、それ以外のブランドを扱っている店舗に比べて低いことが判明した。特に、給与水準、業績への給与の反映度などの項目で、その差は顕著であった。また、チャネル別分析では、責任権限の委譲や部門間連携の円滑さ、意思決定の迅速性に関する項目で、直営店に比べてインストアショップで勤務する従業員の満足度が相対的に低いことが判明した。さらに、社歴別に従業員を分類して分析した結果、相対的に社歴の長い従業員の満足度が低いことが明らかになった。とりわけ、自らの将来像や能力改善に関する項目で満足度が顕著に低く、上司に対する項目でも不満を示す社員のポイントが高くなっていたのである。
A社では、ここで示された組織・人事に関わる問題を改善し、業績向上を実現するために中小企業診断士にアドバイスを求めることにした。
●第1問(配点10点)
バブル経済崩壊後、10年以上にわたって続いた長期景気低迷も、2003年以降回復傾向にある。 A社も、そうした景気回復を追い風に業績を改善しつつある。しかし、活況を取り戻しつつあるとはいえ、今日の消費市場は、以前にも増して不透明さや複雑さが高まっている。A社が事業を展開している宝飾品市場は、どのような不透明さや複雑性を抱えていると考えられるか。100字以内で答えよ。
●第2問(配点15点)
A社は、主に百貨店やショッピングセンター内のインストアショップによる店舗展開を行ってきた。路面店と比較して、インストアショップによる店舗展開のメリットとデメリットについて150字以内で答えよ。
●第3問(配点15点)
A社の唯一の直営路面店は、2005年に開店した。この店舗のA社の事業展開における戦略的位置づけと、それを達成するために必要だと思われる施策について、100字以内で述べよ。
●第4問(配点45点)
A社が行なった従業員の意識や満足度の調査結果について、以下の設問に答えよ。
(設問1)
一般的に、高級ブランドを取り扱っている店舗の従業員の満足度は、それよりも低い位置づけにあるブランドを扱っている店舗の従業員の満足度よりも高いと考えられる。しかし、A社では、高級アクセサリーのXブランドのみを取り扱っている店舗の従業員の満足度が相対的に低い傾向を示している。なぜ、そうした傾向がみられるのかについて、100字以内で説明せよ。
(設問2)
直営店に比べてインストアショップの従業員の満足度が、相対的に低い傾向を示している。なぜ、そうした傾向がみられるのかについて、100字以内で説明せよ。
(設問3)
社歴の長い従業員の満足度が社歴の短い従業員の満足度より低くなる大きな理由は、自分自身の将来像やキャリアに対する不満と、上司に対する不満である。中でも、上司に対する不満が、インストアショップで相対的に高いことが分かった。不満の原因とそれを解消するために取るべき施策について、中小企業診断士として、どのようなアドバイスをするか。100字以内で答えよ。
●第5問(配点15点)
A社は、年間約6億円の売上げをあげているにもかかわらず、営業利益は1,600万円で、売上高営業利益率は3%以下である。今後、A社の収益構造を改善していくためには、どのような施策を講じていくべきか。中小企業診断士としてアドバイスする具体的施策について、100字以内で答えよ。
★ヒント★
第1問
景気の回復を追い風に業績を改善しつつある宝飾品業界の市場環境の変化とその背景を、中小企業診断士の立場から、客観的に分析する能力を問う問題である。
第2問
百貨店やショッピングセンター内のインストアショップによる店舗展開によって成長を遂げてきたA社の事例を通して、インストアショップによる店舗展開がA社の事業に及ぼしてきたメリットとデメリットを問う問題であり、中小企業の多店舗化戦略に関する基本的理解と助言能力を問う問題である。
第3問
インストアショップによる多店舗展開によって成長を実現してきたA社が唯一展開する直営路面店すなわち旗艦店舗の戦略的位置づけと、旗艦店としての機能を果たす上で必要な戦略的施策に関して、中小企業診断士としての助言能力を問う問題である。
第4問
業績改善および職場改善を目的としてA社が実施した従業員の意識や満足度調査の結果から、企業内の小集団に内在する課題について問う問題である。
(設問1)
A社店舗の中で、高級ブランドであるXブランドのみを扱っている店舗の従業員の満足度が低くなっている要因を、中小企業診断士の立場から、客観的に分析する能力を問う問題である。
(設問2)
A社従業員の中で、インストアショップ店舗に勤務する従業員の満足度が直営店に勤務する従業員よりも低くなっている要因を、中小企業診断士の立場から、客観的に分析する能力を問う問題である。
(設問3)
A社従業員の中で、上司に対する不満が、相対的に社歴の長い従業員の方が社歴の短い従業員よりも高くなっている点を分析する能力、および、それを解消するための施策に関して、中小企業診断士としての分析能力および助言能力を問う問題である。
第5問
相対的に売上高営業利益率の低いA社が収益力を改善していくための具体的施策に関して、A社を取り巻く経営環境および経営資源の面での制約条件を勘案しながら、中小企業診断士としての助言能力を問う問題である。