- 2001/10/03
【C社の概要】
C社は年商13億円、従業者70人のカタログ、パンフレットなどの商業印刷業である。昭和初期の設立当初は活版印刷であったが、現在はすべてオフセット印刷である。昭和50年代中頃には、大都市の市街地立地であったこともあり夜間操業が難しくなり、地方に印刷工場を移した。工場は、本社から70kmほど離れているが高速道路のインターチェンジに比較的近い。毎日、翌日の生産予定に必要な印刷用紙(材料)を、都心の紙問屋で調達し、夜間に工場に配送している。
現在、取引先は大手電機メーカーをはじめとする最終ユーザーと、最近増加傾向が著しい中堅の広告代理店などで300社ほどを数えている。売上高は比較的安定しているが、広告代理店からの受注が3割を超え利益率が低下し始めている。
一般に、印刷物の生産工程は、「組版」→「製版」→「印刷」→「製本」に分けられる。「組版」とは、文字や図などを配置し、紙面を構成することである。「製版」とは、印刷機にかける刷版の作成までのさまざまな版づくり工程をいう。今日の印刷技術のデジタル化においては、先の「組版」と「製版」をコンピュータ上で同時に行うDTPの採用が拡大している。C社の印刷紙面づくりは、このDTPを採用している。 ただし、C社では、本社のDTP部門が「組版」と刷版を除く「製版」を、工場が刷版以後の工程を担当している。
現在、C社は組版から製本に至るすべての工程を社内に備えるという一貫生産体制を整えている。今日ではこうした一貫生産体制は、厳しさを増している短納期要請に応えるものになってきている。また、受注活動においては、顧客への「企画・デザイン提案」が重要性を増してきているが、現在、そうした企画営業による受注は3割程度であり、さらなる増強に向けた体制づくりを検討している。
C社の本社と工場の業務内容と人員構成は、次のとおりである。本社は、社長ほか、総務・経理部(8人)に加え、営業部(12人)、営業管理部(5人)、DTP部(11人)が置かれ、総勢37人である。工場は、工場長ほか、総務、生産管理などの管理部が5人、品質管理(3人)、刷版(3人)、印刷(10人)、製本(11人、パート6人を含む) の製造部が27人、総勢33人となっている。工場の平均年齢は38歳であるが、本社の平均年齢は46歳と高齢化している。
【受注から生産までの現状と課題】
受注活動の最前線に立つ営業は、最終ユーザーである大手電機メーカーなどから直接受注している場合には、C社が充実に努めている企画営業を展開し、受注から納期に至るさまざまな段階の情報を生産部門に流すことができた。ところが、広告代理店を経由する受注では、最終ユーザーとの打ち合わせの機会が減るだけでなく、広告代理店との打ち合わせにとどまるケースが増えてきている。
こうした広告代理店が介在する取引の増加は、C社の収益性に影響するだけでなく、次のような問題を引き起こしている。最終ユーザーと異なり、印刷企画を自ら手がける広告代理店からの受注では、ほぼ完成品に近いデータがC社に提供されるケースが増えてきている。それを印刷データに変換する際のトラブルの発生は、印刷予定の混乱要因になっている。また、最終ユーザーとのかかわりが薄ければ薄いほど、印刷時の色調上のトラブル発生が多くなる。ただし、こうした問題は、印刷物特有の手直し・修正などの仕様変更と、本社と工場間の連絡ミスなどの管理体制の遅れによって発生しているケースも少なくない。
これまでC社の営業は、たとえ生産予定に混乱をもたらそうとも、受注獲得を最優先して得意先からの短納期要請を受け入れてきた。その結果、工場では1年を通じて生産変更が毎日繰り返されるとともに、繁忙期には生産能力不足からくる深夜に及ぶ残業も余儀なくされている。このうち、生産能力不足の問題については、工場では最新印刷機の導入による生産力増強が最善の解決方法であると考えている。
この点、経営者は、設備投資の必要性を理解しているものの、直ちに実行する社内環境が整っているとは考えていない。経営者は、印刷技術のデジタル化の流れに対応すべく毎年5千万円ほどの減価償却費を計上するなど、決して設備投資に消極的ではない。しかし、最新印刷機の設備投資額が関連設備を含めて総額3億円近くになること、また連日の残業での生産対応はあくまでも年4~5カ月の繁忙期でのケースにすぎないことを、この投資に踏み切れない理由にあげている。
一方、コスト競争が一段と激化している印刷業界にあって、最新印刷機の導入はC社の内部事情のみで判断することが難しくなってきている。それは、C社よりも規模の大きい企業の多くが装備し、同規模の企業でも徐々に装備し始めているという競争環境の変化があげられる。ちなみに、C社の現有の印刷機4台はすべて片面刷りなのに対し、焦点になっている最新印刷機は両面刷りで、しかも印刷スピードが格段に速く、片面刷りの2台分を大きく超える生産性を備えている。
【新規事業について】
ところで、最近の印刷業界にあっては、印刷物を媒介にした新規事業の開拓に踏み出す企業が増えつつある。この点、C社が最近取り組み始めている、大手製品メーカーからの製品取扱説明書の印刷・在庫・配送といった一括受注も、そうした印刷業界における事業領域の拡大の流れと軌を一にしている。この事業は、従来のコア事業である印刷業務に、在庫業務と配送業務が加わったにすぎないともいえるが、業務内容としては顧客の生産計画に対応した、きめ細かな配送体制の整備と、突発的な納品変更にも対応できる在庫管理や生産管理などの充実が条件づけられている。
C社では、こうした新規事業を強化するために、新たに名簿管理を基軸とした事業展開を検討している。たとえば、通信販売会社のカタログの製作から配送までを一括して受注する事業では、配送先の名簿データの更新だけでなく、名簿管理にかかわる個人情報に関する取り扱いと、管理体制の整備など繁雑な業務が加わることになる。こうした名簿管理を基軸とした一括受注については、このほか各種団体等の催し物の案内にかかわる印刷から配送、学会等の学会誌や各種会議案内の印刷から配送などが検討されている。
●第1問(配点20点)
印刷業界におけるC社の強みを(a)欄に、弱みを(b)欄に、2つずつあげ、それぞれ20字以内で述べよ。
●第2問(配点20点)
C社では、広告代理店が介在する受注の増加によって、収益面や生産面に影響を受けている。そうした広告代理店との取引増加をどのようにとらえ、どのような対策を講じる必要があるかについて120字以内で述べよ。
●第3問(配点20点)
C社の営業と工場がこれまで以上に相互理解を深めて受注から生産に至るまでの業務を円滑に遂行していくには、どのような情報項目を管理する必要があるかを述べるとともに、その情報伝達のあり方について140字以内で説明せよ。
●第4問(配点20点)
C社の工場では、繁忙期における生産能力不足の解決策として両面印刷機の導入が望ましいと考えているが、経営者は必ずしも投資環境が整っているとは考えていない。この設備投資問題に対して、C社の置かれている経営環境および生産体制上の諸問題を踏まえ、あなたは中小企業診断士としてどのようなアドバイスをするか。ただし、投資を実行するか、否かの立場を明確に示して160字以内で述べよ。
●第5問(配点20点)
現在、C社は大手製品メーカーの製品取扱説明書の印刷、在庫、配送業務を一括受注しているが、そうした事業領域のさらなる拡大に向けて、名簿管理を基軸とした通信販売会社、各種団体、学会等を想定した事業実施の検討に入っている。こうした新規事業にC社が取り組むことについて、あなたはどのようにアドバイスするかを140字以内で述べよ。
★ヒント★
第1問
印刷業界の中にあって、C社の経営のどこに強みと弱みがあるかを読み取ることができるかについての情報把握能力と経営に関する分析能力を問う問題である。
第2問
最終ユーザーとの直接取引によって発展してきたC社の広告代理店経由の受注増という事態を、どのように理解し解決できるかについての経営環境把握能力と問題解決能力を問う問題である。
第3問
営業と工場という企業内組織における相互理解の問題を、どのような情報項目を管理することで解決することができるかについての情報把握能力と問題解決能力を問う問題である。
第4問
生産能力不足に直面している工場の設備投資問題に対して、内部環境と外部環境の相互関係を理解するとともに、経営戦略上から投資行動の意思決定を判断できるかどうかについての経営環境把握能力と問題解決能力を問う問題である。
第5問
事業領域の拡大に向けての新規事業の取り組みを、C社を取り巻く外部環境と内部環境を踏まえ、どのように理解できるかについての経営環境把握能力と情報分析能力を問う問題である。