2008年(平成20年) 事例Ⅰ

A社は、国際線で就航する航空会社の多くが旅客に提供している機内食(アントレー)の製造販売を主な事業とする、資本金3,000万円の食品加工メーカーである。 現在、首都圏に4つの工場を所有し、正規・非正規社員あわせて約300名の従業員を擁して、およそ18億円の売上げを上げている。

1970年代半ば、A社は、現社長の父と叔父によって航空会社の機内食用ミニカップ入り食品を製造する食品加工メーカーとして設立された。会社設立と同時に、自宅の一角の小さな工場で、創業者の親族と近隣の主婦らをパート従業員として採用し生産を開始した。数年後、新しい国際空港が開港すると、唯一の取引先であった外国資本の航空会社の日本国内乗り入れの便数も増え供給体制強化を迫られた。そこで、A社は、新空港近郊に第2工場を建設して操業を開始した。第2工場も第1工場と同様、工程のほとんどは手作業であったが、航空会社から、ミニカップ入り食品に加えてカップ入りジュースも注文されるようになって取引額は大きく伸張した。

同じ頃、ホテルの宴会に食材を提供するケータリング会社からサラダ用カット野菜の注文を受けたことで、事業基盤は固まってきた。もっとも、その後10年余りのA社の成長は、航空会社とケータリング会社の事業拡大によってもたらされたもので、必ずしも自社の営業努力によるものとはいえない。

A社が次なる事業拡大に向けて一歩踏み出したのは、創業後15年を経た頃からである。A社の主力工場となった第2工場に隣接する土地に大型冷蔵室を備えた工場を増築すると、新たに2社の外国航空会社との取引も開始するようになった。当時の主力製品は、カップ入りジュース、サラダ用カット野菜とカットフルーツであった。かつて主力であったミニカップ入り食品の売上げは創業以来ほぼ横ばいで推移し、全社の売上げに占める割合は次第に縮小してきた。自宅併設のミニカップ入り食品製造の工場の規模や体制は、現在に至っても創業時とほとんど変わっていない。

1990年代半ばになって、A社は、創業以来の取引先である航空会社からアントレーの供給を打診されて社内で検討を加えた結果、アントレー製造をスタートさせるべく第3工場の建設を決定し、翌年から本格的供給を開始した。コールド・キッチンと呼ばれるジュースやサラダなどの食材加工に比べて、本格的な調理(ホット・キッチン)を必要とするアントレーを供給するためには、グリルや釜などの設備はもとより、提供する食材のメニューや味、盛りつけ、異物混入対策などの面での品質の高さが求められるようになったことはいうまでもない。また、急速冷凍した食品やチルド(冷蔵)加工した食品の保管・輸送などの温度帯管理に加えて、早朝・深夜にかかわらず航空機の発着時間に合わせてアントレーを確実に配送する体制を確保することも不可欠な条件であった。第3工場は、第2工場と比較にならないほど大規模になり、食品加工、輸送、管理スタッフなどを含めて従業員数(非正規社員を含む)も250名までになった。

さらに、客の嗜好や季節に合わせて、メニューの改訂を定期的に行うことも求められるようになった。航空会社のニーズを充足するためには有能な料理長の存在が不可欠であり、A社でも有名レストランのシェフを長年経験し、料理界でその名をよく知られている人材を料理長として迎えた。

関西地区に新しく国際空港が開港し日本国内に乗り入れる便数がますます増加するようになると、ジュースやサラダだけを供給してきた航空会社からもアントレーの供給を依頼され、A社の生産量は大きく伸張した。その結果、5~6年ほど前から第3工場も手狭になり始めた。そこで、A社は、規模や設備の面で第3工場を上回る近代的な第4工場を建設し、第3工場から生産の全量移管を行った。現在、第3工場は稼働しておらず休眠状態である。こうして2007年に最新の製造設備を備えて、3交代24時間稼働体制で操業を開始した第4工場は、食品の安全性を確保するために、食品に係る危害を確認しそれらを防除する管理手法であるハサップ(HACCP)を導入し、その認定工場となっている。

同年、2代目社長の叔父の後を受けて、40歳台前半の、創業者の長男で専務取締役であった現社長が事業を引き継ぎ、「安心して召し上がっていただける商品をリーズナブルな価格で」という創業以来のモットーを継承しながら、新しい体制をスタートさせた。

創業以来、比較的順調に事業拡大を実現し業績を伸張させてきたA社であるが、一方で、厳しい国際的価格競争の中で生き残りをかけた事業展開を余儀なくされてきた航空会社との取引では、いっそう厳しい条件を求められているのも事実である。ここ数年のA社の業績をみると、供給量の増大に合わせて売上高こそ伸張、ないしは横ばいであるものの(2006年度前年度対比7.9%増、2007年度前年度対比0.9%減)、営業利益は大幅に減少している(営業利益率:2005年度8.0%、2006年度3.7%、2007年度0.9%)。第4工場に投資した資金の返済開始を2009年度に控えて、このことは大きな経営課題となってきた。

新社長に就任した現社長は、二人の創業者とも相談し、すぐに経営の革新に着手した。その一つは、組織体制の変更である。アントレー事業スタートの時から手腕を振るってきた料理長を第一線から相談役に勇退させ、若いシェフを料理長として採用した。また、工場長を取締役に抜擢して、それまで料理長が掌握していた人事権、購買権などの権限を移管した。

併せて、それまで流れ作業で行っていたアントレー生産の最終段階の盛りつけプロセスにも手をつけている。「シングル・ワークステーション(SWS)」と呼ばれるA社が採用したやり方は、担当者が一人で一つのアントレーの盛りつけを行うもので生産性の向上を図ることを目的としている。

こうしたコスト削減と生産性向上の施策を講じるとともに、現社長は、将来に向けて新しい事業の柱を構築することを目的にして、新規事業として一般消費者向けのパック食品の製造販売にも乗り出した。自社ブランド製品を立ち上げ、空港近隣や食材供給先のホテル、近隣スーパーへの納品や百貨店の食品フェアへの参加、インターネットを利用した頒布会によって一般消費市場での事業展開をスタートさせた。このビジネスが本格化し、市場規模が大きくなれば、現在休眠中の第3工場を再稼働させることも念頭に置いている。

●第1問(配点20点)

A社の事業の歴史的展開を踏まえた上で、現在のA社の強みは、どのような点にあると考えられるか。A社の強みとそれを形成してきた要因について、100字以内で述べよ。

●第2問(配点20点)

A社の取引の80%以上を占めている航空業界の近年の厳しい状況が、A社に対しても強くコスト削減を求めることになっている。その背景を、A社が取り扱っている 商品特性の視点から、100字以内で述べよ。

●第3問(配点20点)

収益改善に取り組む現社長は、工場長を取締役に昇進させて権限強化を図った。それまで料理長が掌握していた権限を工場長に移管したことが、コスト削減にどのような効果を及ぼしたと考えられるか。それが及ぼす効果について、150字以内で述べよ。

●第4問(配点20点)

現社長が導入した「シングル・ワークステーション(SWS)」が、生産性向上に効果を生み出す可能性と、それを効果的に機能させる上で必要な点について、150字以内で述べよ。

●第5問(配点20点)

一般消費市場への展開というA社の新規事業開拓の成否について、中小企業診断士として意見を求められた。この新規事業が「成功すると思う」か「失敗すると思う」かを明確にして、その立場から、理由を100字以内で述べよ。

★ヒント★

第1問
創業以来、長期間にわたって少数の特定の取引先との取引をベースにして事業を拡大してきたA社の強みが、どのようなもので、また、それがどのようなプロセスによって生み出されてきたかについて、中小企業の競争優位性構築に関する基本的理解と基本的分析能力を問う問題である。

第2問
コスト削減を求められるA社を取り巻く状況が、どのような経営環境の要因によって生じているのか、取扱製品の特性から、中小企業の事業に及ぼす経営環境特性に関する基本的理解と基本的 分析能力を問う問題である。

第3問
a社の料理長と工場長の人事異動が生み出したコスト削減効果について、中小企業の組織体制の変更によるパワー関係の変化が及ぼす影響に関して、中小企業診断士として分析する基本能力を問う問題である。

第4問
A社が導入した「シングル ワークステーション(SWS) 」の生産性向上に及ぼす効果と、それを有効に機能させる上で必要な施策について、中小企業診断士として必要な分析能力と助言能力とを問う問題である。

第5問
A社が展開する新規事業の将来の成功の可否について、成否いずれかの立場から、その理由に関して、中小企業診断士としての分析能力と助言能力とを問う問題である。

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