2011年(平成23年) 事例Ⅰ

A社は、資本金1億円、年間売上高約37億円の医療品メーカーである。主な取扱商品は、医家向けおよび一般家庭向けの医療品であるが、近年、化粧品や健康食品の事業にも参入している。従業員約230名のうち、非正規社員は20名程度である。

A社は、中小企業には珍しく、創業家一族は社長でも、大株主でもない。現社長は、高校卒業後に数年間の工場勤務を経て、創業家のトップの下で営業担当者として本社や首都圏の支店で勤務した後、40歳代の初めに本社の営業部門の管理職に就いた。その後、A社は、業績面で少なからず浮き沈みがあったものの、現社長がトップに就任して以降、比較的順調に事業を拡大してきた。近年の国内の景気低迷の中にあっても、毎年1億円程度の増収を達成している。また、わが国とは法や規制の異なる欧州や米国、今後の成長が期待される中国など海外の市場開発にも積極的に取り組み始めている。

A社は、創業以来、打ち身やねんざ治療の膏薬を主力商品としてきたが、その後、一般家庭向け医療品分野で商品ラインアップを充実させて事業規模を拡大してきた。A社が全国市場で、その名を知られるようになったのは、高度経済成長期に開発したガーゼ付の救急用絆創膏を発売して以降である。

長年にわたって一族で事業を継承し拡大してきたが、1970年代初め、高度経済成長期が終焉する中で、工場設備の拡充や近代化、福利厚生施設の充実を進めただけでなく、それまで経験のなかった不動産事業や医療品以外の物販事業へも進出した。しかし、資金がショートし、本業にも影響を及ぼすようになった。A社は、取引銀行や原材料を購入していた仕入れ先に支援を求め、企業再建に取り組まなければならなくなった。そのため、金融機関から役員を迎えたこともある。

経営の負担となっていた事業の整理統合に着手して、再建にめどが立ちはじめると、創業家一族の勢力が復活した。しかし、1980年代初め、競合企業がA社の主力市場に参入し差別化競争や価格競争が激化するようになると、再び経営不振に陥ってしまった。もはや金融機関からの支援を期待することはできず、複数の仕入れ先に経営権を譲渡することになって、創業家一族による支配体制は終わりを告げた。

しかし、仕入れ先から送り込まれた役員や社長の下で、経営再建はほとんど進まず、景気の追い風の中にあっても現状を維持することが精一杯であった。さらに、バプル経済の崩壊によって状況が悪化すると、存続を確保するために既存事業の改革が急務となった。そこで、当時、常務取締役で営業の最前線にいた現社長が、全権を持って事業運営にあたることになった。

医療品事業では、主力商品の絆創膏の製造で培ってきた技術を応用して、より付加価値の高い商品を一般家庭向け市場だけでなく、医家向け市場に供給していくことを目指した。医家向けの新製品を開発するためには、医療現場のニーズをとらえることが不可欠である。A社では製品開発のヒントを得るために、医療品販売会社の営業担当者に同行し現場の声の収集に積極的に取り組んだ。そうした地道で現場に密着した活動が、極薄型の絆創膏や使い捨ての消毒薬付き綿棒など、「安心・安全・安価」で治療効率を高める製品の開発につながっている。

また、以前から救急用絆創膏中心の医療品依存を懸念していた現社長は、事業多角化にも乗り出した。「健康・美」を求める中高年層をターゲットに、化粧品事業や健康食品事業に参入した。これら新規事業は、開発から販売まですべてを自己完結的に行うのではなく、地元の大学や研究機関、流通業者と提携して事業を展開している。たとえば、化粧品事業では、地元の大学と共同開発した結果、原材料のコストを大幅に下げることができた上に、成分の改善にも成功した。また、健康食品事業では、地元の生協と新商品の共同開発や共同販売を行っている。

このように、A社は本業の事業革新を進めるとともに、研究機関や流通業者と連携して積極的に多角化を推進したことで、業績不振に苦しむ同業者が多い中にあっても、一定の成長を確保しているのである。もっとも、経営環境が大きく変化する中で足踏みが許されるわけではない。ややもすると、成功に安住し「ゆでガ工ル」になりやすい状況を回避し、チャレンジ精神を維持していくことが、現社長にとって大きな課題である。

●第1問(配点40点)

A社は、かつて一般家庭向け医療品を中心に事業展開してきた。しかし、近年の経営環境の変化の中で、医家向け医療品分野での事業強化に積極的に取り組んでいる。このことに関連して、以下の設問に答えよ。

(設問1)
A社にとって、かつて主力製品であった一般家庭向け医療品と、近年注力し始めている医家向け医療品では、営業活動に、どのような違いが求められるか。120字以内で説明せよ。

(設問2)
近年、A社が医家向け市場に注力しているのはなぜか。その理由を、120字以内で説明せよ。

●第2問(配点20点)

厳しい競争を展開している医療品業界にあって、新商品や新規技術の開発は極めて重要である。しかし、そうした中で、A社では、自社開発した技術の特許をあえて出願しないこともある。その理由として考えられることを、100字以内で説明せよ。

●第3問(配点20点)

A社は、中小企業には珍しく、創業家一族による同族企業ではなく、仕入れ先や社員持株会などが主な出資者である。A社にとって、このような所有と経営の分離のプラス面とマイナス面の両面について、120字以内で述べよ。

●第4問(配点20点)

同業他社に比べ業績がよく待遇も大手企業と遜色のないA社は、3年以内に売上高40億円の達成を目標としている。それを実現するために、どういった組織管理上の施策を講じていくべきか、中小企業診断士としてアドバイスを求められた。120字以内で説明せよ。

★ヒント★

第1問
A社の主力事業である医療品業界の環境変化と事業強化に関して、基本的理解力と分析力を問う問題である。

(設問1)
一般家庭用医療品の営業活動と医家向け医療品の営業活動の違いを問うことによって、顧客に対するA社の組織的対応の違いについて基本的理解力を問う問題である。

(設問2)
医家向け市場といった新しい市場へのA社の参入が、どのような背景・条件の下で行われたのかについて分析する能力を問う問題である。

第2問
独自製品の企画、開発に導入・活用されたノウハウと技術の保護について、A社の特許戦略上の意図を分析する能力を問う問題である。

第3問
中小企業の多くにみられる創業家一族経営が事業に及ぼす影響を踏まえ、A社にとって所有と経営の分離がどのようなメリットとデメリットをもつかについて、基本的理解力を問う問題である。

第4問
一定の成長を確保しているA社が継続的に成長していく組織能力を維持・強化していくための組織管理上の施策について、助言能力を問う問題である。

◎答案◎

クレアール

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