- 2015/08/01
近年、わが国でも、業種・業態の違いや規模の大小を問わず、多くの企業が地球規模に事業を展開しようとしている。A社も、小規模ながら海外で事業を展開する企業のひとつである。
A社は、資本金7,000万円、売上高40億円、従業員数109名(正社員43名、非正規社員66名)の金属製品の製造および金属の表面加工処理メーカーである。2008年秋のリーマンショックを契機とした世界金融危機の時には、主要取引先の営業不振の煽りを受けて、一時、売上・収益を大幅に減少させた。しかし、幸いにもその危機を乗り越えることができた。今では、当時を上回る売上となり、収益も2倍近くになっている。2000年代初頭には、取引先の自動車部品メーカーX社の強い誘いを受けて、経済成長著しい東南アジアのS国の経済特区に工場を建設し、海外進出を果たした。さらに、X社がすでに生産を開始しているT国でも、工場稼働に向けて準備を進めている。
A社の主力事業は、自動車、家電製品などの部品に使用されるアルミニウム製パーツの硬度を高めたり、摩耗や錆を防ぐ表面加工処理事業である。かつては、テレビやラジオ、自動車などに取り付けるアルミニウム製のプレート(銘板)製造が主力であったが、今では、その売上も全体の15%程度になっている。
A社が表面加工処理事業を始めることになったのは、1970年代初頭、現在のA社の主要取引先である自動車部品メーカーY社が、部品の軽量化を実現するアルミウム素材のパーツを求めてA社に接触したことに始まる。もっとも、一銘板メーカーに過ぎなかったA社に、表面加工処理に関する知識を持つ人材はおらず、アルミニウムの硬度強化技術はいうにおよばず、摩耗や防錆を確かめるための実験設備さえなかった。しかし、先代社長は、これを事業拡大の絶好の機会ととらえ、社運をかけてその技術開発に取り組んだ。Y社の協力を得ながら数年間にわたって膨大な数の実験を行い、アルミニウムの表面に酸化皮膜を生成し、実用化することに成功した。その後、Y社の主導で、部品製造の前工程のパートナー企業や表面加工処理後の工程を担うパートナー企業との連携を強化しながら、自動車のトランスミッションやブレーキなど重要保安部品の事業基盤を固めてきた。
1980年代、90年代を通して、自動車部品のパーツの表面加工処理だけでなく、OA機器や家電製品に組み込まれるアルミニウム部品の表面加工処理も受注するようになり取引先も増えた。2000年代になると、燃費効率の向上を求める自動車メーカーからの軽量化要請の下で、多くの部品メーカーがアルミニウム製部品を取り入れるようになった。そのことが追い風となって、同社の売上も伸張した。中でもY社関連の取引額が最も大きく、現在でも依存度が高い。
多くの部品メーカーが重要保安部品を内製化している中で、A社が取引先から高い評価・信頼を得ているのは、徹底した品質保証体制を確立したからである。人命にかかわる重要保安部品には、いかなる不良も不具合もあってはならず、常に製品に完璧さが求められるのはいうまでもない。A社は、長年にわたって蓄積してきたデータを活用して、気温や湿度、一回の処理工程で加工する製品の数などの条件が変化しても、ある程度まで同品質の皮膜生成を可能とする自動化システムを開発した。それを活用して高精度の加工処理と短納期化を実現した。もちろん、システムが完備されているからといって、それだけで求められる品質を完全に保証することができるわけではない。品質保証を万全にし、完璧な製品を供給するためには、取引先企業の状況を考えた現場での絶えざるプロセス改善が不可欠であるだけでなく、製品の異常を発見することに対する意識の醸成やそれに即座に対処する能力を継続的に育成・確保していく体制が必要となる。
こうして信頼を得てきたA社は、自動車メーカーのグローバル化に対応して海外生産体制の強化を迫られたY社をはじめとする自動車部品メーカーから、幾度となく経済的支援を前提とした海外進出を打診されてきた。しかし、それがなかなか実現しなかったことから、A社は国内工場の技術革新に邁進してきた。
すでに述べたように、A社の海外進出は、X社の強い勧誘と経済的支援を受けて、2002年、S国の経済特区内に同社初の海外工場を開設したときに始まる。海外工場で国内と同様の品質保証の体制が確保することができるかどうかは、大きな挑戦であった。品質保証を担保するための自動化システムや検品ノウハウを導入したとはいえ、海外工場での品質の安定的な維持・確保は、それほど容易ではなかった。現在では、30代後半の技術畑出身で現場に精通している係長クラスの人材を工場長として派遣し現場の運営を任せている。月に一度は役員を現地に派遣し本社の意向や考え方を伝えたり、現地の技術者を日本国内で教育する機会も設けている。
もっとも、品質の安定的な維持・確保は、非正規社員の多い日本の工場でもいまだに課題である。工場内の食堂など社員が集合する場所に、管理部、業務部、品質保証部、製造部の4部門各2課の目標と達成度合いを記した情報を掲示し、部門間や従業員同士の情報共有を促すとともに、社長自らが率先して、日々、意識改革やシステム改善に取り組んでいる。
●第1問(配点20点)
A社のような中小企業が近年、海外での事業活動に積極的に取り組むようになっている。A社のような企業の場合、どのような外部環境の変化が海外進出を促していると考えられるか。その要因を2つあげ、それぞれ40字以内で簡潔に述べよ。
●第2問(配点20点)
A社は、Y社の要請による海外進出を実現していないが、X社の要請に応じて、2002年に東南アジアの新興国S国に初めて生産拠点を設けている。Y社の要請によるA社の海外進出が実現しなかったのはなぜか。X社の状況を考慮に入れて、考えられる理由を100字以内で答えよ。
●第3問(配点20点)
日本国内で重要保安部品を自動車部品メーカーに供給しているA社では、表面加工処理の自動化システムなどを開発し、品質の確保を図ってきた。しかし、東南アジアの中でも労働者がまじめで勤勉だといわれるS国の工場に、品質保証のためのシステムを導入したにもかかわらず、X社向け表面加工処理が主であるS国の工場を日本の工場の品質保証レベルにまで引き上げるにはかなりの時間がかかった。それには、どのような理由が考えられるか。120字以内で答えよ。
●第4問(配点20点)
A社では、生産現場管理に精通し管理能力に長けている係長クラスの人材を海外生産拠点の工場長として送り込んでいる。現地工場の運営管理以外に、係長クラスの人材に、どのような役割を期待し、どのような能力を向上させていくべきかについて、中小企業診断士として、A社の社長に100字以内で助言せよ。
●第5問(配点20点)
A社は、日本国内で課長以上の社員を対象に成果主義型賃金制度を導入しようと考えている。中小企業診断士として、制度の設計および導入にあたって、A社の場合、どのような点に留意すべきかを120字以内で助言せよ。
★ヒント★
第1問
A社の主力事業である金属の表面加工処理事業の経営環境の変化について、基本的理解力・分析力を問う問題である。
第2問
A社の主要取引先である Y社の要請による海外進出に応諾することがなかった状況について、分析力を問う問題である。
第3問
A社の海外拠点において品質保証体制を確立させる際に、障害になった事項について、組織・人事の視点から、分析力を問う問題である。
第4問
A社の海外拠点の責任者に対して、本社として、どのような役割を期待しているのか、また、どのような能力を向上させていくべきかについて、助言能力を問う問題である。
第5問
A社の日本本社に成果主義型賃金制度を導入する際に留意すべき点は、どういったことであるかについて、助言能力を問う問題である。
◎答案◎