- 2005/10/02
B酒造(B社)は地方都市のX市にある芋焼酎を専門とする酒造メーカーである(資本金2,000万円、パートを含む従業員数20名)。B社は1899年(明治32年)に現会長の曾祖父が創業し、経営は同族間で引き継がれ現在は4代目が会長、5代目が社長に就任している。創業以来、陶器製カメを用いた伝統的製法にこだわった焼酎造りを続けている。
なお、X市の主な産業は畜産業、酒造業、陶器製造業などである。2000年代に入り大規模な陶器工場が撤退するなどの影響もあり、経済的にはやや縮小傾向にあり、それに伴って市内人口も減少傾向にある。
B社製品の購入者は、創業以来1990年代に至るまでは、ほぼこのX市内の消費者によって占められてきた。しかしながら、B社は1980年代に一度、経営不振に陥り、その後の経営再建によってその状況は一変した。
1980年代、B社では伝統的な芋焼酎の味わいにこだわったことが災いし、新製品の開発が停滞した。当時は甲類焼酎*を用いたチューハイブームの時期にあたり、また麦を原材料とする飲みやすい乙類焼酎**が全国的にヒットするなど、消費者の焼酎に対する嗜好が変化した時期であった。これらの影響で焼酎全体の消費量が大幅に伸びる中、自社製品の売上が低迷する状況が続き、B社は危機意識を高め、1990年代に入り経営再建に着手した。
B社は経営再建の過程で、製造方法の見直しと他企業との提携という2つの改革を行った。製造方法の見直しのために、新たに杜氏(焼酎造りの専門家)を招き、陶器製のカメを用いた伝統的な焼酎造りというB社のこだわりを守りながらも、消費者の嗜好変化に合わせた焼酎造りが行えるよう発酵方法などの見直しを実施した。また、この杜氏の助言もあり、既存製品のリニューアルを行い、原材料である芋の香りを残しつつ、X市内消費者の嗜好の変化に合わせてやや甘みのある味わいに変更した。
その上でB社は企業提携による新たな販路の獲得を模索した。
B社の第1の提携先は、全国に販路を有する大手酒造メーカーY社であった。Y社は当時、清酒と甲類焼酎をメインの販売製品としていた。しかしながら、Y社の製品ラインアップには、有力な乙類焼酎、特に高品質の芋焼酎が欠けていた。自社の製品ラインアップに伝統的製法という個性を持ったB社が生産する製品が加わることは、Y社にとって魅力的な提携であった。提携後、B社とY社は製品開発を開始し、Y社が全国で実施した市場調査結果に基づき、芋の香りを抑えた全国向けの新製品が開発された。この共同開発製品は、好調な販売推移をたどり、現在もB社とY社双方の主力製品となっている。
第2の提携先は、県内に数店舗を展開する酒販店Z社であった。Z社は当時、急成長していたスーパーマーケットや競合のディスカウントストアに対抗する手段としてプライベートブランドの開発を検討していた。その過程で、Z社本店と同じX市内にあるB社との提携に至った。このプライベートブランドはX市内だけではなく、Z社が出店する県内全域を販路と想定し、開発が進められた。X市内ではお湯割りでの飲まれ方がメインであるが、県内においては徐々にロック(氷割り)で焼酎が飲まれはじめているという市場調査結果に基づき、ロックでの飲用にあった製品の開発を行った。この製品も県内の消費者からの支持を獲得するに至った。
なお、これらの提携による共同開発製品は従来から用いられてきた自社工場を大規模に改修することなく、生産が行われている。また、製品のラベルには製造者としてB社の名称が、販売者として提携先の企業の名称が記載されている。
B社とY社、Z社との提携は、市場ニーズにあった製品の共同開発により成功したという側面もある。しかしながら伝統的製法によって製品を生産するB社のこだわりを、製品ラベルや広告、店頭販促において前面に出したことが双方の製品の重要な成功要因であったと、B社と提携先企業Y社、Z社の認識は一致している。
1990年代の経営再建により新たな販路の獲得に成功したことに加え、2000年代の全国的な乙類焼酎の流行(本格焼酎ブーム)によりB社の経営状態は大きく改善した。Y社との共同開発製品は、その後、全国の飲食店の店主から高い評価を受けた。Y社内では飲食店市場に対する営業成績が向上した要因の1つとして共同開発製品があげられることも多くなっている。またZ社のプライベートブランドも”ロック向け”という訴求内容が県内消費者から支持され、当該商品を目当てにした来店が増えたなどの声がZ社の店舗スタッフからB社に寄せられている。
しかし、2010年代に入り本格焼酎ブームが下火になる中で、B社の近年の売上はやや停滞傾向にある。B社では”伝統的な製法”に加え、市場に対するユニークな企業ブランドの価値をどのようにデザインすべきかが課題となっている。
この課題に対して、5代目にあたる社長を中心に様々な試みが繰り返されている。社長は、地域に根ざした企業ブランドの強化を目指して、地元X市にフォーカスしたマーケティングを開始しつつある。4代目の会長が行った提携を通じた全国や県内への展開が一巡したことを勘案し、もう一度地元のX市の消費者との関係強化を図るべきだ、というのがその理由である。なお、2010年代に入ってからのB社の売上高の約半額がY社・Z社との共同開発製品、残りの約半額がX市内向け製品からもたらされている。そのためX市の経済低迷や人口減少は、X市地域とB社の双方にとっての共通の問題ともいえる。特にX市の大きな課題の1つは、2000年代中頃に洪水により大規模な被害を受けたある商店街の復興にあった。水害の後も、堤防を増強する公共工事が行われ、当該商店街の一部店舗が移転を求められるなどの影響が続いている。しかし、ほとんどの商店主は、商店街の衰退が買物難民の発生や周辺地域の衰退につながると考えて、廃業せず、新たに商店街を盛り上げるべく努力を重ねていた。B社はこの商店街の復興を自社課題の1つとし、X市内向け製品の売上から一定額を、商工会議所が主催する商店街のイベント会場で実施されるお祭りなどのイベント事業、新たに商店街に店舗を出店しようとする店主達に対する新規出店支援事業に寄付している。
そして、B社の社長は地域に根ざした企業ブランドのより一層の強化に向けて、中小企業診断士に今後の展開について相談することとした。
*甲類焼酎とは、原材料のクセや香りの無い焼酎のことをいう。
**乙類焼酎とは、原材料本来の旨みや香りを有した焼酎のことをいう 本格焼酎とも呼ばれている。
●第1問(配点10点)
B社が経営再建のためにターゲット・セグメントごとに展開した製品戦略の概要を100字以内で説明せよ。
●第2問(配点30点)
B社は提携によって新たな販路を獲得し、経営再建を成し遂げた。一方、この提携は提携先の企業にとってもメリットがあったために成功したといえる。B社の提携先の企業にとってのメリットについて次の設問に答えよ。
(設問1)
B社が行った垂直的な提携は、提携先企業にとってどのようなメリットがあったと考えられるか。100字以内で答えよ。
(設問2)
B社が行った水平的な提携は、提携先企業にとってどのようなメリットがあったと考えられるか。100字以内で答えよ。
●第3問(配点30点)
B社が取り組んだコーズリレーテッド・マーケティングについて、次の設問に答えよ。
(設問1)
B社が行ったコーズリレーテッド・マーケティングの概要を80字以内で整理せよ。
(設問2)
B社の売上は、コーズリレーテッド・マーケティングの効果により再び拡大しつつある。コーズリレーテッド・マーケティングが、B社の売上拡大に結びついた理由を考察し、80字以内で答えよ。
●第4問(配点30点)
地域における企業ブランドの強化に向けて有効と考えられるB社のマーケティング・アクションを2つ提案し、それぞれについて80字以内で答えよ。ただし、そのアクションの実行により期待される効果についても併せて述べること。
★ヒント★
第1問
B社が水平的提携、垂直的提携を通じて採用することになったセグメンテーション戦略とセグメントごとのニーズに対応した製品戦略について、整理・分析する基礎的な能力を問う問題である。
第2問
(設問1)
B社と垂直的提携を行った酒販店 Z社にとっての提携のメリットについて、分析する能力を問う問題である。
(設問2)
B社と水平的提携を行った大手酒造メーカーY社にとっての提携のメリットについて、分析する能力を問う問題である。
第3問
(設問1)
B社が地域社会との関係性強化のために行っているコーズリレーテッド・マーケティングの現状を、整理・分析する能力を問う問題である。
(設問2)
B社が試みているコーズリレーテッド・マーケティングが消費者の購買拡大に与える効果について、分析する能力を問う問題である。
第4問
B社社長が目指す、地域における企業ブランド強化の方向性に即したマーケティング戦略を立案するための構想力と提案力を問う問題である。
◎答案◎