2016年(平成28年) 事例Ⅱ

B社は、X市郊外にあるしょうゆ及びしょうゆ関連製品のメーカー(以下、「しょうゆメーカー」という。)である。資本金は2,000万円、従業員(パート含む)は50名である。創業は1770年と古く、現在の社長は10代目にあたる。2016年に社長就任21年を迎えた。

B社の本社と工場は隣接しており、すぐそばにはY川が流れる。江戸時代には、この川が原材料や完成品のしょうゆの大量輸送に使用されていた。現在、多くの中小しょうゆメーカーでは、自社の蔵でのしょうゆ仕込みをやめ、しょうゆの原料となる「生揚げ(火入れ、ろ過していない)しょうゆ」を大手メーカーから仕入れ、これに火入れや味付けをして自社製品として販売している。しかし、B社は創業以来一貫して国産丸大豆を原材料とし、自社の蔵で杉桶を使ったしょうゆ醸造を続けている。

本社から車で10分ほど離れたX市の市街地は、江戸時代から繁栄した商業地である。現在は当時の面影をしのばせる伝統的な街並みを生かして、観光地として脚光を浴びている。懐かしさを求めて女性やシニア層が連日街を訪れ、日本の伝統に興味のあるアジアからの外国人観光客も多い。B社は、この観光地化したエリアに3年前、自社製品をフルラインアップで販売する直営店を出店した。直営店には、11代目予定者(社長の子息、当時33歳)の発案で、自社製品を麺料理のつゆやだしなどに使用した飲食店も併設した。この飲食店は、地元食材の利用やカロリーや減塩など健康に配慮したメニューと彩り鮮やかな盛り付けで、観光情報誌やグルメサイトなどにも数多く取り上げられている。最も人気のあるメニューは、うどんを主食とし、地元野菜を使った煮物や天ぷら、刺身、ひとくち和風デザート、食後に黒豆茶を添えた定食で、客単価は1,250円程度である。食に敏感な女性を中心に、ランチ時には大行列ができる。

B社はかつて業務用製品も製造していたが、大手メーカーの激しい低価格攻勢を受け、現在ではほとんど最終消費者向け製品に特化している。ただし例外もいくつかある。たとえば親子丼で有名なある鶏料理専門店は、B社のしょうゆの濃厚さと芳醇(ほうじゅん)さに惚れ込み、もう30年来、取引が続いている。

B社の製品ラインアップは多岐にわたるが、大きく2つのカテゴリーに分けられる。第1に、基本調味料としてのしょうゆである。伝統的手法で作られた天然醸造しょうゆ、減塩しょうゆ、大豆も塩も小麦もすべて地元産の原材料で製造した数量限定しょうゆなどがこれに含まれる。第2に、B社のしょうゆをベースに作られたしょうゆ関連製品である。ここには、だししょうゆ、こんぶしょうゆ、たまごかけごはんしょうゆなどのしょうゆ加工品、蕎麦用かえし、ドレッシングや鍋つゆなどのたれやつゆ類が含まれる。なお、しょうゆ加工品は、正確にはJAS規格(日本農林規格)の定義でいう「しょうゆ」には入らない(注1)。

同業他社の動きを見ながら新製品を追加投入してきたため、B社全体の製品の種類は30種以上になり、容器の大小を別アイテムと数えると87アイテムに上る。製品価格帯は、しょうゆ業界平均よりも全体的にかなり高めのゾーンに位置する。このうち、最も販売量が多いのは減塩しょうゆで、2番手がだししょうゆである。減塩しょうゆは、今から約40年前に発売されたロングセラー製品である。当時はまだ健康に対する消費者の意識も低く、業界でも早めに発売を開始した部類に入る。B社のすべての製品は25年前から発売されているが、87アイテムの回転率には今ではかなりばらつきが生じている。

しようゆ市場は現在、激しい淘汰(とうた)の波にさらされている。日本醤油(しょうゆ)協会の調べによると、1955年には全国で6,000社あったしょうゆメーカーは、2013年には1,330社にまで減少している。そのため、2014年のしょうゆメーカーのシェアは大手5社が60%弱、準大手9社が約18%、残りの20数%を1,300社以上の中小しょうゆメーカーで占める構造となっている(注2)。X市でも50年前にはしょうゆメーカーが8社あったが、現在はB社を含め2社である。しょうゆ出荷数量もピークは1973年の1,294,155 klで、2015年には780,411 klと減少傾向にある。図表1によれば、JAS規格でいう「しょうゆ」の1世帯当たり年間購入数量も1人当たり消費量も減少傾向にある。また、しょうゆ及びしょうゆ関連製品それぞれの出荷数量について2008年を基準として見ると、図表2のような傾向となる。近年は世界的な大豆価格高騰が経営に与える影響も大きい。日本の大豆自給率はわすか5%で、しょうゆメーカー各社は原材料の大豆の大半を輸入に頼っている。2008年以降、大豆の価格は高止まりのまま推移しており、以前の取引価格の倍になったとされる。国産大豆もその例外ではない。基本調味料としてのしょうゆの製造販売だけではメーカーの利益が薄いのが実情である。現在、B社の年商もかろうじて対前年比100%をやや上回る程度で推移しているが、直営店併設の飲食店の好調な売り上げが貢献している。

B社の製品は、X市にある直営店での販売や例外的な業務用需要者との取引以外は、特別な排他的取引契約はないものの、食品卸Z社が一手に引き受けている。Z社の取扱商品は、国内外の優良メーカーが生産する高付加価値型のこだわりの自然食品・健康食品全般である。Z社は国内外に販売先をもつ。主要な取引先は、国内では百貨店や中~高価格業態のスーパーや自然食品店、国外では東アジアやアメリカなどで日本食材を扱う小売業である。B社の製品も、これらの店舗で販売されている。B社とZ社の取引関係は50年に及ぶ。最近では、多くのしょうゆメーカーは自社ホームページを立ち上げ、中小メーカーの多くがインターネット販売を行っている。しかしZ社は、B社がインターネット販売をすることに対して難色を示している。そのため、B社は会社所在地と自社のしょうゆ製造方法を記載した簡素なホームページを立ち上げたのみである。インターネット販売にはまだ着手していない。

創業250周年を前に、B社はまもなく11代目に継承される。B社は良くも悪くも伝統を重視してきたため、現状のままでは著しい成長は期待できない。人口減少社会を迎え、縮小するしょうゆ市場の下で、生き残りと成長を求めて、危機感をもった11代目予定者は中小企業診断士に相談することにした。

(注1)JAS規格の「しょうゆ」とは、こいくちしょうゆ、うすくちしょうゆ、たまりしょうゆ、さいしこみしょうゆ及びしろしょうゆの5タイプのみを指す。

(注2)日刊経済通信社のデータより算出。


●第1問(配点20点)

B社のこれまでの製品戦略について、80字以内で整理せよ。

●第2問(配点30点)

11代目予定者は、自分の代になってからもこれまでの製造スタイルを大切にしながら成長を追求していくつもりでいる。しかしながら、製品アイテムは見直すことを考えている。

(設問1)
B社の今後の成長に必要な製品戦略について、 ターゲット層を明確にしたうえで、100字以内で説明せよ。

(設問2)
設問1で想定したターゲット層に訴求するための、 プロモーションと販売の戦略を80字以内で説明せよ。

●第3問(配点20点)

3年前に開業した直営店併設の飲食店は、売り上げが好調である。B社が飲食店を直接経営することによって、どのようなメリットと効果を得られるか。売り上げが向上すること以外のメリットと効果について、100字以内で説明せよ。

●第4問(配点30点)

昨今の多くの中小しょうゆメーカーでは、インターネット販売を展開している。B社もまた、新規事業として直接、最終消費者に対するインターネット販売に乗り出したいと考えている。

(設問1)
インターネット販売を軌道に乗せるためにB社が採るべきブランド戦略を50字以内で提案せよ。

(設問2)
B社のインターネット販売を利用する顧客にリピートしてもらうために、インターネット上でどのようなマーケティング・コミュニケーションを展開するべきか。80字以内で提案せよ。

★ヒント★

第1問
B社のこれまでの製品戦略について、マーケティングの基本的視点から分析する能力を問う問題である。

第2問
(設問1)
しょうゆ市場全体を取り巻く環境変化から製品ラインアップに関する適切な製品戦略と顧客ターゲットを提案する能力を問う問題である。
(設問2)
B社製品の顧客となるべき消費者層に製品価値を訴求するプロモーション戦略と販売戦略を提案する能力を問う問題である。

第3問
メーカーである B社が川下(飲食店経営)に参入することにより、製品開発や営業施策の点でどのような可能性があるかについて、分析力・課題解決力を問う問題である。

第4問
(設問1)
B社が、直接、最終消費者に対するインターネット販売に乗り出すために必要な施策について、ブランド戦略の観点から問題解決力を問う問題である。
(設問2)
顧客のリピーター化促進のためには、インターネット上でどのようなマーケティング・コミュニケーション施策が必要かについて、提案力を問う問題である。

◎答案◎

クレアール
橋詰秀幸さん

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