本試験 2024年(令和6年) 事例Ⅱ

【与件文】

B社は1953年に創業し、資本金700万円、従業者数12人(パート・アルバイト含む)で、皿や茶碗など陶磁器の卸売業者である。現在は初代の息子が2代目社長を務めているが、初代の孫を3代目社長予定者(以下、3代目)として家業に呼び戻し、6年が経ったところである。3代目は現在35歳であるが、陶磁器にも家業にも興味がなかったことから高校卒業後に地元を離れ、ファッション業界で働いていた。

B社が所在するX市は古くから為政者によって陶磁器の産業化が図られており、陶磁器の産地として知られる。X市は自然環境に恵まれているが、大消費地からもそれほど離れていない。そのため、この地域の陶磁器は、芸術品としてよりも日用品として生産されてきた歴史が長く、地域の名前を冠した「X焼」という呼称で流通してきた。B社の取扱商品のほとんどはこのX焼である。

国内の多くの地域における陶磁器と同様に、X焼の生産は分業制によって行われる。その生産体制は、陶石から陶土を作る「陶土屋」、陶磁器の石膏型を作る「型屋」、型から生地を作る「生地屋」、生地を焼いて絵付けをする「窯元」などからなる。X市には昔からこれらの事業者が集積し、地場産業を形成してきた。

X市の窯元数は、江戸時代の2~3軒から明治期に20軒、最盛期の1980年代には100軒強に増え、最近でも50軒ほど存在する。ただし、その内実には大きな変化が生じている。1980年代は一窯元当たり10~20人の陶工(陶磁器の製作者)を抱えていたのに対し、今日では一窯元当たり1~2人と零細になっているからである。多くの窯元が担うX焼は図柄や色彩面で決まりを設けず、新しい作風を受け入れる土壌がある。このため、X市にはクリエイター志望の移住者が窯元を開くケースが見られる。X市には、こうした新規参入の窯元と歴史的に徐々に規模を縮小してきた窯元が混在している。窯元が零細化した影響は、川上に当たる陶土屋や型屋、生地屋にも及ぶ。

B社はいわゆる産地問屋と呼ばれる卸売業者である。その事業内容は、X市にある複数の窯元から陶磁器を集めて大消費地の陶磁器卸売業者に販売したり、百貨店やインテリアショップなど小売業のバイヤーや法人などの買い手からの注文をとりまとめて窯元に伝えたり、問屋オリジナル商品を企画して窯元に生産委託することである。また、問屋ではあるが、地元では自前の店舗を構え、業者のみならず一般の消費者向けにも販売を行っている。

B社の経営も時代の波を受けてきた。創業期には景気の好転と高度経済成長を背景に、X焼を販売しているだけで事業を拡大することができた。1960年代以降は、プラスチックの普及や日本の食卓における和食率の低下といったライフスタイルの変化はあったものの、結婚式の引き出物や法人の贈答品需要の増加に支えられて成長できた。1970~1980年代には、他の地域の陶磁器卸売業者と組んで、北米向け輸出にも積極的に取り組んだ。ところが、1990年代に入ると内需不振とともに、安価な外国製陶磁器の輸入が増加し始めた。同じ時期には100円ショップが台頭し、安価かつデザイン性に富んだ外国製陶磁器を消費者が容易に購入できる環境ができあがった。高齢化と人口減少が進む社会では、陶磁器の新規需要も買い替え需要も拡大が見込めない。B社の経営状態も1990年代半ば以降、徐々に低迷し始め、2000年代からは悪化の一途をたどった。B社と同じような産地問屋は、最盛期にはX市に11社ほどあったが減少し、今はB社を含め4社である。

X市では、1960年代から大型連休にX焼の陶磁器祭りを開催している。この祭り期間は自由に出入りできる窯元もあるほか、産地問屋や窯元が仮設の露店を構え、消費者に直接販売を行う。現在では幅広い年齢層の食器愛好家が20万人前後集まる大規模なイベントになった。しかし、最近では産地問屋が少なくなったことからX焼に関する社会全般への情報発信が滞り、販路が細っている。窯元がオンラインで自らの商品をアピールすることも可能だが、規模が零細であり、生産活動も行う傍ら、頻繁な商品情報の更新を行うのは至難の業だ。

6年前、3代目は、手の打ちようがなくなった父親から「会社を助けてほしい」と懇願されて地元に戻った。実家に戻ったあいさつを兼ねて、3代目はすぐさま地元窯元の商品や自社オリジナル商品のサンプルを持って大消費地の陶磁器卸売業者へ営業に出向いた。そこには似たようなデザインの陶磁器がすでにあり、「新鮮味もないし、安くもない」と一刀両断の扱いを受けた。

失意の3代目であったが、その直後、ファッション業界での経験を買われ、地元で新規開業するデザイナーズホテルの仕事に加わった。そのホテルは1日限定5組で全室に温泉をしつらえ、和とアジアンテイストを融合したプライベート感あふれる空間を提供し、地元食材を中心とした食事にもこだわることをコンセプトとしていた。3代目がここで使われるオリジナルの食器の担当を任されて企画し、地元の窯元に生産を委託したところ、その食器はホテルの経営者や宿泊客から高い評価を得た。3代目は、ホテルの料理長との綿密な打ち合わせを重ね、盛り付け映えや写真映えを考え抜き、季節感や月ごとに変わる料理内容に合わせた色や形の食器を提案し続けた。この取引自体は小規模だったが、旅行の雑誌やウェブサイトなどに取り上げられたホテルの情報を見て、3代目の元には別の宿泊施設や飲食店からオリジナル食器の提案依頼が入り始めた。かつて地元を出て行った3代目が今までなかったようなセンスを持ち込んでX焼と向き合う真剣な姿に、窯元をはじめ、この地で地場産業に携わってきた人々も温かい態度で接するようになった。3代目がB社をこの路線で立て直せるかもしれないと思い始めた矢先、コロナ禍に見舞われた。

新たな挑戦の可能性をコロナ禍に阻まれた3代目は落胆し、自社の存在感をアピールするためにオンラインを活用する方法について中小企業診断士に相談した結果、3代目は、オンライン動画サイトに掲載するコンテンツをとりあえず2本作った。1本目は、家庭料理でも見違えるほどおいしそうに見える食器への盛り付け方を紹介する動画を作った。すると思いの外、再生回数が伸び、コロナ禍で家庭に関心を向けるようになった若者と見られる視聴者や海外の人々から、驚きや感動を表すコメントが書き込まれた。2本目は、X市の郷土料理とX焼を紹介する動画にした。X市には、じっくり炙った食材を地元の発酵調味料と混ぜ合わせて食べる郷土料理がある。3代目はこの動画で、B社オリジナルの陶磁器を直接ガスコンロに乗せればこの料理が家庭でも簡単に作れると実演して見せた。動画公開後のB社には、旅先で食べたこの味わいを自宅で再現したいという視聴者からの問い合わせが相次いだ。

自分のセンスが間違っていないと確信した3代目は、オリジナルのX焼の企画と市内の窯元への生産委託を地道に続け、X焼の地位向上のために尽力すると決めた。まず、古びた自社店舗を建て直し、明るく開放感のあるスタイリッシュな空間に切り替えたほか、自社の扱うX焼で軽食を提供するカフェスペースも併設した。長らく会社を取り仕切ってきた2代目社長は、事業内容が卸売業であることから、自社ホームページには会社概要と主要取引金融機関や大口取引先の記載さえあればよいと考えていた。しかし、動画の反響を通してオンラインの有用性を痛感した3代目は、ホームページをリニューアルし、自社が扱うX焼を販売するECサイトを開設することにした。

3代目はB社の将来を賭けて、中小企業診断士にさらに相談を続けることにした。

第1問(配点20点)

B社の現状について、SWOT分析をせよ。各要素について①~④の解答欄にそれぞれ40字以内で説明すること。

第2問(配点25点)

X市は、ふるさと納税の返礼品として X 焼を活用したいと考えている。現在でも市の返礼品の中にX焼はあるが、全国の返礼品の中で埋もれている状態にある。3代目は、X市から「返礼品の中でもっと目立ち、市とX焼のファンを増やすような返礼品の企画を考えてほしい」と依頼を受けた。ブランド価値構造のうち、消費者にもたらす感覚価値と観念価値を意識して、返礼品の企画を100字以内で提案せよ。

第3問(配点25点)

X焼には窯元それぞれの魅力があるため、3代目は、消費者がいろいろな窯元の陶磁器を手にとれる機会をつくりたいと思っている。しかし、陶磁器祭りで接客をしていると、「あれもこれも欲しいが、家にはもうたくさんの食器がある。収納スペースがないし、今あるものも捨てられない」と購入をためらう食器愛好家の声をよく耳にする。

3代目は、自社や窯元の事業機会拡大を図る一方、こうした食器愛好家のニーズを充足する新規事業を手がけたいと考えている。どのような事業内容にすべきか、100字以内で提案せよ。

第4問(配点30点)

ECサイトの新規顧客は増えたが、3代目は顧客の顔を直接見ながら販売できない寂しさも感じ始めた。

3代目は、今後は、X市の地元で開く店舗とECサイトの両方を利用する顧客を増やしていきたいと考えるようになった。B社にはどのような施策が必要か、150字以内で具体的に提案せよ。

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