2007年(平成19年) 事例Ⅳ

D社は、資本金3億円、総資産約26億円、売上高約32億円、従業員150名の基礎化粧品(基礎化粧水、乳液、メイク落としなど)を製造する社歴20年を超える企業で、工場は大都市圏にあり、商圏はその全域にわたっている。先代社長からの経営政策によって、卸売企業を通さず、町の薬局を500店ほど「取扱薬局」とし、直接製品を卸している。D社の製品はナショナルブランドとしての知名度はないものの、薬局店員が常連客に対面販売のメリットを生かして、この製品の品質がよいこと(角質除去、安全性など)を十分に説明してサンプル品の提供も含めて、納得してから購入してもらっている。したがって、単価は他社製品と比較してやや高いものの、地域住民の中高年女性を固定客として安定的に確保している。各薬局にとってもD社の製品は利益率が高く、また、取扱薬局は1つの町や商店街、駅周辺に1つと限定されているので、その地域では独占的に販売できる状況であり、D社は好ましい仕入先として歓迎されてきた。

従来は基礎化粧品という性格上、比較的、製品のライフサイクルが長く、またそれゆえに設備投資の更新もそれほど行うことはなかった。しかし、近年では基礎化粧品といえども、より健康志向、安全志向が進み、大手メーカーが次々に新たな基礎化粧品を市場に投入しており、今後は早急に基礎化粧品に関する新製品開発を進めることが求められている。しかしながら、そのための新製品開発投資や設備投資の負担は、中小企業にとって決して軽いものではなく、より合理的な意思決定を行うための事前評価が望まれる。

また、近年の大手ドラッグストアの進出やナショナルブランド企業間の競争激化、あるいはインターネット販売の普及などによって、伝統的な町の薬局が次々と廃業に追い込まれ、その結果、D社製品の取扱薬局が減少しており、このままだと今後D社の売上高が減少する可能性が高まっている。D社では、このまま推移した場合の次年度の予想財務諸表を作成した。(平成18年度実績、平成19年度予想財務諸表参照)

こうした状況に対応するために、昨年度からその地位についた現社長は、新たな基礎化粧品の開発を模索しているが、開発投資負担の問題とともに取扱薬局が減少しているので、同時に新たな販売チャネルを開拓しなければならないとも考えている。その際に、これまでの販売チャネルである取扱薬局と同じ製品を従来の顧客層に対して、新たな販売チャネルで取り扱うこととなれば、取扱薬局との関係を損うことにもなりかねない。そこで、若年層をターゲットとする低価格製品のインターネット販売をビジネスプランとして検討している。この新製品は、肌の保湿性を高める新成分を配合することにより、他社製品との差別化を図ろうとするものである。

D社では、かねてより当該成分にかかわる基礎研究を進めてきたものの、製品の開発には至っていない。経営者は新製品開発投資および設備投資に関する意思決定に迫られている。

D社では直面しているさまざまな経営課題について、特に財務的な観点から中小企業診断士に診断・助言を依頼してきた。


●第1問(配点25点)

D社の平成18年度(実績)および19年度(予想)財務諸表を用いて経営分析を行い、これまでの経営政策を続けた場合に生じると考えられる問題点のうち重要と思われるものを3つ取り上げ、問題点1、2、3ごとに、それぞれ問題点の根拠を最も的確に示す経営指標を1つだけあげて、その名称を(a)欄に示し、平成19年度分の経営指標値を(b)欄に計算(小数点第3位を四捨五入すること)した上で、その問題点の原因について(C)欄に60字以内で説明せよ。

●第2問(配点25点)

2か年の財務諸表から、損益分岐点分析を営業利益レベルにおいて行う。なお、変動費率は一定と仮定する。以下の設問に答えよ。

(設問1)
変動費率を(a)欄に、固定費を(b)欄に求めよ。なお、変動費率は1パーセント未満を四捨五入し、固定費は百万円未満を四捨五入すること。

(設問2)
D社が現在の経営政策をこのまま取り続けるとしたら、どのような状況となるか、この損益分岐点分析に基づいて60字以内で説明せよ。

●第3問(配点25点)

D社は、次のようなタイムスケジュールをもつ新製品開発プロジェクトを検討している。

現時点を平成19年度期首とする(1期首)。新製品の研究開発は平成19年度(1期) に行われ、投資額は4,000万円である。研究開発の結果によって、生産は製造方法Xまたは製造方法Yのどちらかによって行われる。製造方法X、製造方法Yの、いずれの結果になるかはそれぞれ確率1/2であると判断される。平成20年度期末(2期末)には、おのおのの製造方法に応じた設備投資が必要になる。製造方法Xの場合、設備投資額が5億円に抑えられるが、製造方法Yに必要な投資額は7億円となる。平成21年度(3期)より新製品の生産が開始され、トータル5年間にわたって確実な営業キャッシュフローが得られる。営業キャッシュフローの大きさは、製造方法Xの場合には毎期2億円、製造方法Yの場合には毎期1.6億円である(なお、運転資本の増減等、他の要因は無視できる大きさである)。経営者は研究開発への着手、および研究開発の結果によって選択される設備投資の実行可否の意思決定をしなければならない。必要な資金はともに保有する有価証券を売却して充当する。同業他社平均より資本コストは10%とし、単純化のためすべてのキャッシュフローは期末に生じるものと仮定する。

(設問1)
D社の新製品開発プロジェクトの平成19年度期末(1期末)での期待正味現在価値を求めよ(四捨五入により百万円単位まで求めること)。

(設問2)
D社は、研究開発への着手および設備投資について、それぞれどのような意思決定を行うべきか、50字以内で説明せよ。

●第4問(配点25点)

開発された新製品はインターネットを新たな販売チャネルとし、ウェブサイトの作成・運営は専門業者に委託する予定である。以下の設問に答えよ。

(設問1)
インターネット販売に進出したD社が、今後留意すべき点について、個人情報の観点から60字以内で指摘せよ。

(設問2)
D社の新製品開発プロジェクトが軌道に乗った場合には、この新製品によって獲得した顧客は将来的にもインターネット販売を利用すると予想される。したがって、販売の主力は対面販売からインターネット販売へと置き換えられて行くと考えられる。これにともなって、D社の資産と費用の構造は、どのように変化すると予想されるか。40字以内で説明せよ。

★ヒント★

第1問

D社がこのままの経営政策を取り続けた場合に生じると考えられる問題点を、財務分析の面から的確に指摘できる能力を確認する問題である。D社の財務諸表と状況説明文から判断して、自ら適切な経営指標を選択し、その名称を正しく理解し、指標値を正確に算定できるか、さらに経営政策上の問題点とその原因の所在を論理的に説明できるかを問うている。

第2問

(設問1)
D社の収益状況を、損益分岐点分析によって明らかにするために、財務諸表データを用いて変動費率および固定費を算出する能力を問う問題である。

(設問2)
損益分岐点分析を行った結果を用いて、D社がこのままの経営政策を取り続けた場合に陥る状況を問う問題である。

第3問

(設問1)
意思決定が段階的に行われ、環境が確率的に変化する場合に、期待正味現在価値を計算し、投資案採択の是非を評価する能力を問う問題である。

(設問2)
設問1の結果に基づいて、おのおのの段階における意思決定に照らし合わせて助言する基本的な能力を問う問題である。

第4問

(設問1)
個人情報保護法の遵守という観点からのコンプライアンスについて問う問題である。特に本問では、ウェブサイトの管理運営を外部業者に委託することを前提としており、委託にまつわる個人情報の側面からの助言能力を問うている。

(設問2)
取扱薬局での販売からインターネット販売に移行することによって、在庫、コスト構造、それに応じて運転資金等がどのように変化して行くかを問う問題である。

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