2012年(平成24年) 事例Ⅳ

D旅館は大都市圏からのお客も多い温泉地に立つ、創業85年の小~中規模旅館である。この地は、秋の紅葉シーズンが人気で、毎年この時期、多くの観光客が訪れることで知られている。D旅館は木造の旧館と20年前に新築した新館の2棟からなり、客室数は25室(旧館8室、新館17室)、収容人数125名(旧館30名、新館95名)である。客室のほか、大広間2、内湯2、露天風呂1、貸し切り可能な家族風呂などを有している。スタッフは3代目であるオーナー夫妻、正社員19名、常勤のパート13名の計34名で構成されている。D旅館の人気の1つは各室に担当が1名付き、細やかなサービスを提供することにある。また、部屋出しの食事は、地元の食材を用いた創作料理が評判を集めている。

宿泊客の大半が旅行代理店またはインターネットからの予約である。年間宿泊者数は毎年18,000名を超える水準で推移してきたが、近年、周辺旅館では施設のリニューアルがみられ、その影響もあり、稼働率は低下し、昨年度は年間宿泊者数が17,000名、今年度は16,500名と減少し、2年連続で赤字を記録した。

宿泊者数減少の原因については様々な理由が考えられるが、最大の理由としては、老朽化した旧館に問題がある、とオーナー夫妻は分析している。旧館は収容人数も少なく、設備も古いため、新館に比べて稼働率が低い。そこで、旧館での営業を取りやめ、新館のみでの営業に切り替えるか、旧館を改修することが検討されている。

この問題と並行して、オーナー夫妻には子供がなく、後継者並びに事業承継問題が悩みの種である。これらの課題に関しても、オーナー夫妻から中小企業診断士に対しアドバイスが求められている。D旅館の今年度の財務諸表は次のとおりである。

●第1問(配点40点)

オーナー夫妻から、旧館の改修後の財務内容の変化について意見を求められた。老朽化した旧館の改修は、大浴場の改修、客室専用の露天風呂を新たに設置することを含めた客室の改修などが中心であり、これにより、周辺旅館との競争力が回復できると考えられている。この改修には180,000千円の支出が見積もられている。このうち、50,000千円は手持ちの預金でまかない、残額は金融機関から現在と同じ金利で借り入れることとする。減価償却については定額法により10年(10年後の残存価額はゼロとする)で償却する予定である。

改修工事の結果として、客単価は23,000円となり、年間宿泊者数が初年度は17,000名、2年目以降は18,000名まで回復するとオーナー夫妻は予想している。ただし、上記の改修に伴い、年間の設備保守点検・修繕費は今年度より20%増加、水道光熱費、広告宣伝費はそれぞれ今年度より10%増加することが見込まれている。

(設問1)
改修工事の結果として、初年度(a)、2年目(b)の年間宿泊者数がオーナー夫妻の予想通りに回復した場合の予想損益計算書を作成せよ(単位:千円)。なお、この期間、営業外収益は発生しないものとする。

(設問2)
改修工事の結果として年間宿泊者数が18,000名に回復した場合に、今年度よりも収益性が改善したか否かを判定するのに最もふさわしいと考えられる財務指標の名称を(a)欄に3つあげ、その数値を計算(小数点第3位を四捨五入すること)して(b)欄に示せ。なお、貸借対照表は次に示されたものを使用すること。

(設問3)
この施設改修に関して、正味現在価値法を用いてこの投資案を評価せよ(計算過程も明示すること)。ただし、2年目以降、10年目まで年間宿泊者数は18,000名で推移すると見込まれている。また、税率40%、割引率6%とする。計算には下記の年金現価係数表を用いよ。なお、運転資本の増減はないと仮定する。

●第2問(配点30点)

旧館の改修とは別の改善策として、旧館を閉鎖し、新館のみで営業した場合の収益性について、オーナー夫妻から意見を求められた。この改善策を実施した場合、客単価は変化しないものの、年間宿泊客数は15,000名に減少することが予想されている。これにより、人件費、減価償却費を除く固定費は今年度より30%減少する。

(設問1)
この改善策を実施した場合の損益分岐点比率を求めよ(計算過程も明示すること)。なお、ここでは、営業利益をゼロとする売上高を損益分岐点とする。計算にあたっては、千円未満を四捨五入せよ。

(設問2)
この改善策を実施した後、損益分岐点比率90%を目標としたい、とオーナー夫妻からの要望があった。この要望に固定費の削減で応える場合、その削減額を求めよ(計算過程も明示すること。単位:千円)。

●第3問(配点30点)

前述したように、オーナー夫妻には後継者がなく、親族にも経営を任せられる人材が見当たらないという。場合によっては、旅館の売却を伴う事業承継も視野に入れているといい、今年度の状況を前提とした具体的なケースについて説明を求められた。

(設問1)
承継先にかかわらず、売却価格の算定に際しては、客観的な数値が必要となる。そこで、今年度の財務諸表をもとに企業価値を求めることになったっ割引キャッシュフロー法を用いて、企業価値を求めよ(計算過程も明示すること。単位:千円、千円未満は四捨五入すること)。

ただし、算定にあたっては、オーナー夫妻に対する給与16,000千円は不要となることが分かっている。また、今後の株主資本コストを5%、平均的な負債資本コストを4%、税率は40%、キャッシュフローは今年度の水準が将来にわたって継続するものと仮定する。

(設問2)
事業承継を考える際、承継先としてどのような相手が考えられるか。また、その際の留意点について中小企業診断士の立場から200字以内で説明せよ。

★ヒント★

第1問

(設問1)
D旅館における改修工事の結果、期待される予想損益計算書を求めることで、診断および助言の基礎となる数値を算出する能力を問う問題である。
(設問2)
改修工事の結果、D旅館に現れた財政状態および経営成績の変化を経営分析により明らかにするために、経営が改善したとみなされる財務指標を発見し、適切に述べる能力を問う問題である。
(設問3)
改修工事によって生じると期待される D 旅館のキャッシュフローの増分を求め、これに基づき、投資の経済性評価を行う能力を問う問題である。

第2問

(設問1)
第1問とは異なる改善案において、予想損益計算書から固定費、変動費を求め、損益分岐点比率を求める能力を問う問題である。
(設問2)
第1問とは異なる改善案において、D旅館が要求する損益分岐点比率を達成するためのコスト削減額を求める能力を問う問題である。

第3問

(設問1)
オーナーが退陣した場合の D旅館の予想キャッシュフロー、加重平均資本コストを求め、これらの数値に基づいた企業価値を算定する能力を問う問題である。
(設問2)
D旅館のオーナーに対し、事業承継先候補や承継の際の課題について適切な助言をする能力を問う問題である。

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